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あなたも幸せ。私も幸せ。

カテゴリ:小説 > カピバラ食堂


「ちょっと、何で観劇にノースリーブで来るの?スギちゃんじゃあるまいし。」
弓子姉さん。姉さんのそんな言い方が、僕はとても好きなのです。
「上着は持ってきているからいいじゃないか。歩くと暑いんだよ。」

地下鉄は結構空いていて、乗った途端に座れたから、僕はすぐに眠くなりました。ふと目を覚ました時、姉さんが両手の親指を動かして打っているメール画面が見えてしまいました。長い髪が横顔にかかっていて、きっと僕が起きたことには気付いていなかったでしょう。

「体調が悪いわけではないの。最近、どうも鬱みたい。用事がない限り外には一歩も出ないで寝てばかりいるの。彼とは今も続いているけど、うまくいっているってわけじゃない。一度にひとつのことしか考えられないから。彼のことは今考えられない。」

僕は、見てはいけないものを見てしまいました。僕にとって弓子姉さんは、理想の女性なのです。歳が離れているので、僕が中学校に上がった時にはもう、姉さんは家を出て、一人暮らしを始めていました。姉さんはめったに実家には帰ってきません。でも、僕には時々こうして連絡をくれ、食事やコンサートに連れて行ってくれます。

こんないい人がいるのだろうかと、姉さんを見ていると思います。僕がしたいことや考えていることは、いつもすべてお見通しです。わざわざ口に出して頼まなくても、さりげなく叶えてくれます。仕事に情熱を持っていたし、腹が立つこともあるだろうに、人の悪口を言うところを見たことがありません。いつも自分のことを後回しにして、今困っている人のことを考えている女性です。

贅沢など知らないようで、いつも質素だけど清潔感が漂っています。一緒にいるとホッとして、自慢で、姉さんがいつかお嫁に行くのかと思うと、なんともいえない気分になるのです。「姉さんがお嫁に行かずにお婆さんになったら、僕が養ってあげるよ。」そういうと、姉さんはいつも笑います。「嫌よ。」







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 僕が姉さんを両親以上に大切に思うようになったのには、きっかけがありました。あれは、何歳の時だったでしょうか。母から思いがけない話を聞かされたのです。僕がまだようやく歩き始めた頃のこと、母が体調を崩して入院したそうです。折り悪しく、父はどうしても行かなくてはならない出張があり、家を留守にしたと言うのです。父も母も、僕をどうすることもできず、姉さんに学校を休んで僕を見ているように言ったそうです。

でも、まじめな姉さんは、学校を休みたくなかったのでしょう。僕を背負って学校に行ったらしいのです。学校は大騒ぎ。泣きやまない僕を子育て経験豊富な保健室の先生が抱きとり、教頭先生やら校長先生やらが代わりばんこに抱いて、ミルクを飲ませてくれ、姉さんを授業に出してくれたそうなのです。

それを、父が帰るまでの2泊3日、姉さんは繰り返したと言います。
「お前は姉さんに頭が上がらなくて当然なんだよ」という母に、僕は心の底からの落胆と侮蔑の念を禁じえませんでした。小学生の子供に、どうやって3日も赤ん坊の面倒を見ろというのでしょうか。何の手だてもなく出張に行く父も父です。

弓子姉さんにその時のことを確認しました。すると、姉さんはかすかに笑って言いました。「みんなが親切にしてくれて、本当にありがたかったわ。本当は私、どうしたらいいか分からなかったの。帰ってきた父さんに事情を話したら、ずいぶん叱られたわ。先生に迷惑をかけたって。母さんには『しっかりしていると思って任せたのに、ダメね』って言われたわ。ほんと、ダメな姉さんよね。」

僕の心の中で、両親に対する温かな思いの源が崩壊したのはこの時でした。代わりに、その時の心の痛みを僕が代わって癒してあげたいと、痛烈に思いました。赤ん坊を学校に連れて行ったことをきっかけに、姉さんがひどいいじめに合うようになったのだと知ったのは、それからずっと後でしたが。

姉さんは、ケータイを両手で握ったまま、うとうとし始めていました。「彼とは…」同じ場所を何度も修正していたメールは、送信ボタンを押されないまま、画面に残っています。姉さんの頭が軽く揺れるたび、長い髪の先が、僕の肩をチクチクとかすめます。声をかけようと、からだの向きを変えた時、姉さんの長い黒髪の先に、小さな白い埃がついていることに気付きました。

唐突に、僕は、姉さんが今、少しも幸せではないことを悟ったのでした。







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「融(とおる)、なんだか少し疲れちゃったから、帰っていいかな。」
観劇の後、弓子姉さんは浮かない顔で言いました。わざわざ人に心配をかけるようなことは言わない人が、こう言うのだから、よほど疲れているのでしょう。「送るよ。」タクシーを止めようとした僕の腕を強く引いて、姉さんは言いました。「いいの。タクシーの臭いのほうが気分悪くなりそう。あなたはご飯食べていくでしょう?」

姉さんは一人で帰りたいようでした。僕は送ると言い張ることもできず、地下鉄へ向かう階段の入口で別れました。どことなく、空中遊泳をしているような足取りで、背中からは、大好きなはずの観劇が少しも楽しくなかったのだろうと思わせる空気を漂わせています。「姉さん。」声をかけましたが、届かなかったようです。後姿が階段の奥へと消えて行きました。

ひとりになった僕は、ここから行ける、最近行っていない店はどこかと考え始めました。そうだ。『カピバラ食堂』がいい。姉さんのことは少し心配だけど、今は腹が減った。腹が減った時にあれこれ考えても、いいアイディアは浮かばないものだ。その前に本屋に寄って、連続小説の新刊を買っていくか。電子書籍もいいが、あのインクの香りはやめられない。

久しぶりの本屋を丹念に歩いて目的の本を買ったあと、『カピバラ食堂』に着きました。ここは、仲の良い夫婦が経営している定食屋で、以前は『やじろべえ』という店でしたが、突然しばらく休んだかと思ったら、『カピバラ食堂』になっていました。初めて来たときは姉さんに連れてきたもらったのだったな…。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね!」かあさん、と呼ばれているこの店の女将さんが迎えてくれました。いつもの席には家族連れが座っていて、さて、どこに座ろうかと店内を見まわした時です。一番奥の2人席に、入口に背を向けて座っている長い髪の女性が見えました。間違いなく弓子姉さんでした。 







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かあさんは、知ってか知らずか、僕を姉さんの背中が見える席に案内してくれました。いくぶん猫背にうつむいている姉さんの向かいに座っているのは、いかにも仕事ができそうな男でした。姉さんと同年代に見えますが、ふたり同時に視界に入れた時、僕は衝撃を受けました。姉さんが、ひどくみすぼらしく見えたからです。

「ひどい。」
姉さんの声がして、僕は心が凍りつきそうになりました。姉さんが誰かを責める声を初めて聞いたからです。これが「彼」なのでしょうか。姉さんはこういう男を好きになる人だったのでしょうか。なんとなく、姉さんには似合わない気がしました。

「私が体調を崩した時くらい、優しい言葉が聴けると思ってた。」
ということは、普段は優しい言葉ひとつ聞けないのでしょうか。こんなに優しい姉さんに、普段から優しくできない男など、いるのでしょうか。僕の頭の中は、苛立ちと疑問が渦をまいて、くらくらしてきました。

かあさんが「ご注文はいかがなさいますか?」と遠慮がちに問いかけます。「カピバラオムレツと有機野菜たっぷりサラダを。」「はい。」僕は、かあさんの「はい。」も、とても好きです。透き通るような笑顔が添えられた返事の気持ちよいこと。くらくらする頭に小さな落ち着きの種がまかれたようでした。

「お前といると、俺は自分がとんでもない罪人のような気がしてくるんだよ。お前はいつも正しく清らかで、か弱くて守ってやらなくてはならない。でも俺は無力で穢れていて、お前を傷つけるだけのダメなやつだって言われているようで、苦しいんだよ。」

男が言う声がしました。姉さんになんてことを言うのか!僕は席を立って行って、うつむく姉さんの代わりに怒鳴ってやろうかと思いました。姉さん、怒れ!怒っていいんだ!!僕は心の中で叫びました。しかし、姉さんはうつむいたままです。

「ひどい。」
姉さんが言い返した言葉は、それだけでした。「これまでだね。さようなら。」男はそれ以上何も言わず、帰って行きました。

僕のテーブルにカピバラオムレツと有機野菜たっぷりサラダがやってきました。僕はかあさんにそっと耳打ちすると、二つの大皿を持って、姉さんのテーブルに行きました。
「姉さん、一緒に食べない?」
 
勘のいい姉さんは、のろのろと僕を見上げると、すべてを察したのでしょう。
「融…。」
「ちゃんと食べないと、姉さんの代わりにお腹の虫が考え事をするんだ。」
「お腹の虫が代わりに考えてくれるなら、任せたい気分なんだけど…」
「だめだめ。考えるのは脳みその仕事だよ。脳みそを使わないから心や体が傷むんだ。」
「うん。そうかもしれないね。」
「何か食べたいものある?おやじさんが何でも作ってくれるよ。」
「ううん。このサラダが食べたい。それから、オムレツもちょっとだけ。」
 
姉さんのテーブルには水のグラスが2つあるだけでした。注文もせずに別れ話になったのでしょうか。その時、僕の大好きな姉さんはいなくなって、まるで親に捨てられた子猫のように頼りなさげな女性が、僕の目の前に座っているのでした。 







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「みっともないところを見られてしまったようね。」
弓子姉さんは小さな声で言いました。
「どうしてほしい?話を聞いてあげようか?それとも、そっとしておくのがいい?見なかったことにする?」
「どうしてほしい?か。融に聞かれるとこんなに素直に受け入れられるのに、どうして彼の同じ言葉は受け入れられなかったのかな?」
姉さんは、カピバラオムレツのお尻のほうを小さく取って口に運びながら考え込んでいます。

「訊いていいかどうか分からないけど、なんて言われたの?」
「あのね、『お前はいったい、どうしてほしいんだい?』って、さっきお店に着いたとき突然ね。無理な要求をするつもりはなかったの。ただ、とっても調子が悪い日があって、仕事に行けなくなって。同じ職場なんだから、私が来ないことはわかるはずなの。でも彼からは何の連絡もなくて。せめて、メール一本こないかなって期待していたのにって言ったの。言わなきゃよかったのかな。」

僕の心に何かが小さくひっかかりました。でも、そのひっかかりが何なのか、よく分かりませんでした。
「そうか、姉さんは期待してたんだね。期待していたのに、って、そのまま言ったの?」
「う〜ん、そのままっていうわけじゃ。忙しかったのよね、分かっている。けど、心配してほしかったな、メールも来なくて淋しかった、って言ったかな。」

心の中のひっかかりが、だんだん大きくなっていくのを感じました。姉さんがとても淋しく思った気持ちは分かるのです。たとえば僕だったら、来るはずの姉さんが来なかったら、メールどころかすぐに電話をするし、通じなかったらアパートまで会いに行ったでしょう。でも…

「弓子姉さんはあの人と付き合ってどのくらいなの?」
「2年くらいかな。」
「結婚しようってことになっていたの?」
「はっきりは…。彼が言い出してくれるのを期待して、ずっと待っていたんだけど…。」
「ずっと待って…。姉さん、あの人のこと好きじゃなかったの?」
「何言っているの?好きだったわよ。でも、彼は優秀な人だから将来性があるの。自由に伸び伸び好きなことをしてほしいし、そのために私が邪魔になるなら、遠慮なく切り捨ててほしいと思って。」
「付き合い始めた時からそう思っていたの?」
「そうよ。当たり前じゃない。愛していたんだもん。」

僕は、姉さんの顔を見つめてしまいました。
僕の姉さんはこんな考え方の人だったのでしょうか? 







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弓子姉さんを改めてよく見ると、服装も髪型もメイクも、以前とまったく違うことに今更ながら気付きました。

「そういえば姉さん、今日はお化粧していないね。」
「うん。本当のことをいうと、最近気持ちが沈んで何もする気になれなくて。今日も劇はちょっと見たかったけど、支度が面倒と言うか…。」
「僕は男だからよくわからないけど、女の人って、元気がなくて顔色が悪いから、きれいにお化粧したくなるものなんじゃないの?」
「まぁ、そういうこともあるかな。でも、もともと美人じゃないし。」
 
「髪もずいぶん伸びたね。」
「ええ、まぁ。ほら、細くて少ないから、こうして伸ばして縛ってしまうと簡単なのよね。」
「前はパーマかけたりしてたよね。」
「うん、でも、あれ、ぱっと華やかな感じで、私には似合わないでしょう?」
「ねぇ、姉さんは何歳になった?」
「何バカなこと聞いているの?自分の年に11足せばいいでしょ。今年35歳よ。悪かったわね。いい年をして、こんなみっともない姉さんで。」

弓子姉さん。
僕は姉さんのことを何も分かっていなかったようです。姉さんの心の奥をこうして目の当たりにして、僕は自分がいかに子どもだったか思い知らされました。姉さんの明るく見目よいところしか見ていなかったのです。優しい笑顔の向こうに、子どものまま置き去りにされたような心があったのですね。

根掘り葉掘り聞きたいことは山ほどあったけれど、うまく言葉にならなくて、ふたりでひとつのカピバラオムレツを食べた後、姉さんをマンションまで送って行きました。ほとんど何も話さずに。僕はこう見えても人の相談に乗るのが仕事です。大したキャリアじゃないけれど、姉さん以上に悩み深い人の相談に、毎日抱えきれないほど乗っているのです。

なのに、不甲斐ないことに、初めて姉さんの苦しみらしきものの正体に気付いた今、僕は言葉を失ってしまいました。なんて言ったらよかったのでしょう。いや、明日連絡するとしたら、何と言えばいい? 







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金毘羅参りでもあるまいに、この長い階段の下に家があるのは実に厄介です。いつもは隣の駅から下の道を歩いて帰宅しますが、姉さんの家からはこちらが近いので、なんとなく階段の上に来てしまいました。

階段わきの小さな公園に入るのは久しぶりです。姉さんに連れられてよく遊びにきました。こんなに小さかったでしょうか。誰もいないのをよいことに、滑り台の上に座ってみました。遠くまで遮る物のない視界に、小さく都心の高層ビルが見えます。あっちは横浜のホテル。どん、どんと、花火の音が響いてきます。部屋で飲もうと買ってきた缶チューハイを開けたくなりました。

あんな性格の両親の最初の子だから、姉さんはきっと苦労が多かったろうと思います。僕を背負って小学校に行ったことだけではありません。両親のキャパが小さくて、扱いやすい、素直ないい子でいないと、かわいいと思ってもらえなかったのではないでしょうか。

でも、子どもというものは、本来扱いにくく、親にではなく自分に対して素直で、決して「いい子」なものではありません。姉さんが、親が思うようでないことをするたびに、否定的に扱われていたとしたら、きっと安心して家にいることはできなかったでしょう。いつまた叱られるか、否定されるかと恐怖を感じたことでしょう。

それがもっと続いたら、自分がダメなせいでこんなふうに叱られるのだと、自然と自己否定し始めたことでしょう。不安と恐怖に染まった心で、精一杯いい子でいようとして、勉強してお手伝いして子守りもして、褒められよう褒められようとしていた小さい姉さんが見えるような気がします。なのに親には一向に認められず、友達にもいじめられているうちに、姉さんの心に、ある強い感情が根付いたのではなかったでしょうか。 







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その感情を、僕は「被害者意識」と呼んでいます。

親があんなだったから。いじめっ子がいたから。彼氏がわかってくれないから。自分はかわいくないから。美人じゃないから。世間が冷たいから。また何か起きることを恐れて、でも何が起きても対抗するだけの力はないと諦めた心理状態を「被害者意識」と呼ぶのです。

確かに、事実、被害者だったこともあるでしょう。けれども、姉さんは厳しい逆風の中を、確かに生き抜いてきたのです。笑顔で優しく、困った人に手を差し伸べてきたのです。それは、自分がいかに役立つか、証明するための行動だったのかもしれません。私はいい人とアピールして、これ以上傷つけられるのを防ぐための作戦だったのかもしれません。

でも、その証明や作戦のさなかに、ほんのりと心温まるひと時がかけらもなかったでしょうか。夢中になっている自分に気付いて、のびやかな気持ちになったことはなかったでしょうか。姉さんの決断で、事態が好転したことはなかったでしょうか。本当に、姉さんは無力な被害者だったのでしょうか。

被害者意識を抱えていると、自分の無力感と恐れのために、人とうまく向き合えなくなってしまうものです。自分の意思を対等に伝えられないのに、自分にとって望ましい結果を期待します。期待が叶わないと、要求します。だって、私はこんなに頑張っているのだもの。「…してくれて当然でしょう」「○○なものよね。」相手は威圧感を感じます。要求に従ってもらっても、やってもらって当然という態度をとります。

実際、被害者はいつも復讐や賠償を求めているのです。誰が賠償に「ありがとう」なんて気持ちを持つでしょう。誰も持ちやしません。払ってもらって当然なもの、それが賠償です。でも、相手はだんだん期待が重くて、要求が苦しくて、従うのが嫌になります。その気持ちを伝えられると、被害者は「あなたはひどい」と責め始めるのです。

そして、最大の復讐は、相手に嫌がらせをすることではありません。自分自身が傷ついて見せて、暗に「こうなった原因はすべてあなたにあるのよ。」と匂わせるやり方で果たされます。そのためには、病気でも貧乏でも社会的制裁でも、なんでも引き寄せるのが被害者意識なのです。 







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姉さんは、被害者の反対は加害者だと思いますか?
それは違います。
被害者と加害者は同じなのです。どちらも自分の痛みを相手のせいにしているという点では、同じようなものだと思います。

僕は、「被害者意識」の反対は「責任」だと思うのです。「責任」は、自分でそのことに影響力を持てると思っている人にしか取れないものだからです。

姉さんも「最低限の努力」という言葉を、聞いたことがあるでしょう?あれって何だと思いますか?僕はね、自分を被害者にしないための努力のことを「最低限の努力」と言うのだと思うのです。そして、最低限の努力をしている人が、自分の人生に責任を持っている人だと思うのです。

日焼けをすると赤くなってヒリヒリしますよね。そのまま放っておくのは、日焼けの被害者です。めんどうでも冷蔵庫から保冷材出してきて冷やそうとして初めて、被害者意識ではない在り方ができるんです。

自分がかわいくないと思うなら、生まれつきだと諦めるのは被害者です。ほんのちょっとでもかわいくなろうと、自分に似合う口紅選ぶのが、被害者意識とは逆の在り方です。

メールが来なくて淋しい時、あの人は忙しいのよと黙っているのは、自ら「無視の被害者」であることを選んだのと同じです。向こうから勝手に気付いてメールしてくれるのを期待するかわりに、「淋しいの。手が空いたらメールちょうだい。」とお願いしたらいいのです。要求ではありません。お願いです。

お願いを聞くか聞かないかは、相手の自由です。でもね、忙しいさなか「大丈夫か?」と5文字返事がきたら、心の底から感謝が湧くでしょう?「忙しいでしょうに返信ありがとう」って言いたくなるでしょう?そう言われたら、相手だって、ちょっと気にかけてよかったなって思うじゃありませんか。 







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被害者でいると、「大丈夫か?」と聞かれても、「本気で心配してるの?」になり、「心配なら会いに来てくれたらいいのに」になり、感謝どころか要求が募るばかりです。そのくせ、相手が気分を害したと気付くと、手のひらを返すように「いいのよ、私のことは。」と言ってみたり、「あなたって本当に冷たい人よね。」と責めてみたり。相手はわけがわからなくなって疲れてしまいます。相手は夢中で仕事をしていただけなのに、知らない間に「無視の加害者」にされてしまうのです。

被害者意識の強い女性は「私のことは捨ててもいいの」と言いながら、本当に離れようとすると「あなたには私の愛情が伝わらないのね」と言い出す。ふたりの関係についてはすべて男に期待して、自分からは何もしない。期待にそぐわないとプレッシャーをかける。男だって大変なんです。これではたまったものではありません。

姉さんが被害者でいる限り、彼氏はいつも加害者です。そして、彼氏がその理不尽さに腹を立て、姉さんを加害者だと見始めると、今度は彼氏が被害者になってしまいます。そうやって、相手を責めて、自分を守って、安らぎのない関係が出来上がってしまうのです。「そっちが○○するのが当然でしょ。」と押し付け合う関係です。

姉さんと彼氏との間に起きたことも、きっとこんなだったのではないでしょうか。 

「やってもらって当然」は、赤ちゃんの世界です。赤ちゃんは「申し訳ありませんが、おしめが濡れて気分が悪いので取り換えていただけませんか、あ、手が空いてからでかまいません。」なんてお願いしませんよね。「いやいや、今日も美味しいおっぱいでした。ありがとうございました。お手数をおかけしますが4時間後にまたお願いします。」なんて感謝する赤ちゃんがいたら気持ち悪い。

でも、大人の世界、責任ある大人の世界には、1対1の対等な関係の中で「やってもらって当然」のことなんてないのですよ、姉さん。

「鬱」というのは、被害者にならないための行動を打ちやった人の気持ちのことを言うんだよ。「鬱」「打つ」「うつ」。同じ音だよね。被害者意識で生きていると、いつか何もしたくなくなってしまうんだ。だって被害者意識を抱えて努力しても、満足することはないからね。燃え尽きてしまうんだよ。







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