「ご心配をおかけしました。」
再び小紫の営業時間にちゃんと働けるようになった僕は、常連さん方のお見舞いの言葉に平身低頭、何度も頭を下げた。
大事をとってと言ってくれるのに甘えていたけれど、昨日にはゆかりさんの家で世話になるのもおしまいにして、アパートに戻った。
もう、大丈夫。
体が回復してくると、気持ちも持ち上がり、気持ちが持ち上がると、体の回復はもっと早まった。

運よく、ゆかりさんにインフルエンザをうつしてしまうこともなかった。
それにしても、どこからもらったものか。
ここのお客様でインフルエンザに苦しんだ人がいるのだろうか。
それとも街で?

「穂高くん、こっち来なさいよ。」
元さんが高く手招きしながら呼んでいる。
「いいわよ、行って。ホストになったと思って、楽しませてさしあげなさい。」
ゆかりさんが変なことを言って、僕の背中をポンとたたいた。
久しぶりに着たバーテンダーの服は、少しだぶついているようだ。
熱を出している間に、ちょっと体重も減ったのだろう。

いつもの定位置で、元さんのほかに、宮田先生と八百屋の長さんも一緒に飲んでいる。
「もうすっかりいいのか?」
元さんが僕の顔色を覗き込む。
「はい。もう薬も飲んでいないし、飯も食えます。ひとにもうつらないそうです。」
「そりゃよかった。大変だったな。」
「はぁ、熱の出初めは、このまま死ぬんじゃないかと思いましたぁ!」
僕の言葉に元さんと長さんは大笑いしたけれど、宮田先生はそっと微笑んだだけだ。

「それにしてもさ、インフルエンザは確かに大変だけど、なんだって大学病院になんか行くんだ?」
元さんはそこのところが不思議だったらしい。
「それもさ、あの病院は、ちょっと熱出したからって診てもらえるような病院じゃないだろ?先生にいくら聞いても教えてくれないんだよ。」
「そりゃ、いくらいい加減な私でも、守秘義務くらいは知ってますからねぇ、穂高くん。」
宮田先生は、僕の既往を黙ってくれているらしい。

大学病院で薬をもらったと話したのは僕自身だ。
そんなことに疑問を持たれるとは想像もしなかった。
過去の病気のことも、隠し通そうと思っているわけではない。
ただ、言いふらすことでもないと思っているだけなのだ。

「ママに聞いても教えてくれないし。」
「ママは私よりよっぽどたくさんの秘密を守っているからね。」
宮田先生が空になったグラスを僕に渡しながら言う。
僕は宮田先生のグラスに氷を足し、琥珀色の液体を静かに注ぎながら、この人たちにならば話してもいいかと思った。
「7年くらい前に、入院していたんですよ、あの病院に。それで、今でも年に1度は検査に行くので、主治医がいるんです。」
「7年というと…18歳か?どこが悪かったんだい?」
元さんの問いかけは、稲刈りを終えた農夫たちが、肩が痛い腰が痛いと言い合うような気楽さで、 僕は僕の答えがその軽さにそぐわないことを知りながら口に出すことがためらわれて、言いよどんでしまう。

「ん?無理に言わんでいいんだぞ。」
何かを感じた長さんが助け舟を出す。
「あ、いえ。僕はその時、白血病だったんです。」
できるだけ、深刻に聞こえないように、頭痛や肩こりと同じくらいに聞こえるように…
「なんだって?」
それでもやはり、元さんは目を剥いて、瞬きを忘れてしまったようだ。
「白血病とは…今は元気そうに見えるけど、まだ悪いのか?治療しながら生活してるのか?それとも九死に一生を得たってことか?」

よく分かっている宮田先生以外の2人は、明らかにしょげ返ってしまった。
晩酌の店で、酒のつまみに聞く話として、若い命が消えかけた話は重たすぎる。
「あまり知られていませんが、子どもがかかる白血病はほとんど治るんですよ。」
宮田先生が、患児の親に説明するときのような思いやりのこもった声で説明する。
「治る?だって、白血病っていうのは血液のガンなんだろ?ガンは簡単には治らないんじゃないのか?」
「白血病といっても、細かく言うと何種類かあるんだけどね、今ではどれも治療法が分かってきていて、成人でも半分くらいは治るし、子どもの場合はもっと薬が効くから、80%以上が発症後5年たってもちゃんと生きている。もう不治の病じゃないんだよ。」

5年生存率は80%。
姉さんが恋待先生から聞いた数字もそうだった。
僕の病気は、微妙な年齢だったから、どちらに属するか…というところだった。
でも、運よく、小児の白血病と同じ経過をたどった。
3週間ほどの抗がん剤治療で寛解期を迎え、白血病の症状は消えていた。
そこから完治に向けて、3年ほどの治療が続いた。
でも、その3年間、ずっと入院していたわけでも、活動制限があったわけでもない。
1年の夏休みは入院と自宅療養で消えたけど、その後の僕は普通に大学に通い、普通に遊んで暮らすことができた。
そのうち、病気が消えていったのだ。
僕は運よく80%の方に属することができた。
確かに、ベッドを並べて入院していた子の中には、残る20%の方だった子もいた。
紙一重といえば、確かにそうだ。
ともかく、僕は最短最善の治療効果を得て、病気と手を切ることができた。

「そうなのか。それにしても、ただならぬ経験をしたのは確かだな。」
「僕は言われるままに治してもらっていただけだけですけど、姉は辛かったと思います。」
これは本音だ。
「僕の身内は姉だけなんです。5歳年上ではありますが、あの頃の姉さんはまだ23だったわけで、5人に1人は5年以内に命を落とすかもと言われたら、4人は助かるとは考えられないですよね。」
引っ越して、仕事もやめて、僕の闘病生活に付き合ってくれた姉さんの胸の内を思う。

子どものころから、姉さんはいろんなものを背負っていた。
一人で子育てをする母さんを支えて、いつまでも子供の僕に母親の愛情を譲ってくれたようなものだ。
母さんが亡くなった時も、ひとりで僕を待っていた。
それでも、姉さんはいつでも、僕の姉さんでいてくれる。
「すごい人なんですよ、姉は。」
「どうも、そうみたいだね。」
元さんが、うす汗のにじんだ額を撫で上げながら言う。
「見上げた人だ。」
「弟から言うのもなんですが、けっこう美人なんです。」
「へぇ。それはお目にかかりたい。」
「ええ、いつかきっと、ぜひ。」

僕はちょっと居住まいを正して、はっきりとお願いすることにした。
「あの病気には再発のリスクも確かにあるんです。
だから、毎年検査を受け続けてます。
もし再発しても、早期発見ができれば、やっぱり治療はできるそうです。
僕はこうして元気ですし、だからみなさんも、僕を特別扱いしないでくださいね。
ただ、高熱を出すのはちょっと怖いので、コイツ熱があるか?危ないなぁと思ったら…」
「すぐに私のところへ連れてくるように。」
宮田先生がようやく声をたてて笑った。

僕はあれから、5年生存率の5年を生き延びた。
負けるもんか。
僕の人生は、まだまだ始まったばかりなのだから。






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