「ルー、どうした?」
俺は不敵な笑みを浮かべ、わざと馬鹿にしたような口調で彼女の口真似をして挑発した。
「ルー、ルー、ルー…」
彼女はまだそう呟きながら、こめかみに指を当てて考え込んでいる。
「ルー、ルー…ルイジアナ!」
なにっ?そうきたか!
「なみだ!」
俺は即答した。
もう音をあげると思ったのに、なかなかしぶとい。
俺たちは今、ただのゲームをしているのではない。
これは、真剣勝負だ。
「ダイナマイト!」
「トラブル!」
ふふふっ。これでどうだ。またルだぞ。
「ルワンダ!」
しまった。地理方向に頭が行ったか。
「ダイヤモンド!」
勝負を始めてもうかれこれ1時間になる。
絶対に負けるわけにはいかない。
人生をかけた戦いだ。
「ドー、ドー、ドラキュラ!」
なにっ!ラだと?!
ランプもライトもラッコもライターも、ラクダもラジオも雷雨もライチョウも使ってしまった。
「ラ…」
ふふふっ。
彼女が唇を右の端だけちょっとあげて、意地悪な微笑を浮かべている。
くそっ。何かあるはずだ。
「ラ…ラー油!」
あ、危なかった。ダメかと思った。
チッ。彼女が小さな舌打ちをする。
「ゆー…ゆでたまご!」
彼女も腹が減ってきたのだろうか。
しかし、この勝負が終わるまでは飯どころではない。
勝負は一瞬の油断で形勢が逆転したりするものだ。
いまのところ、この勝負は互角。
彼女には疲れが見え始めている。
あと、少しだ。
「ゴマフアザラシ!」
「したびらめ!」
「メガネザル!」
うっ。しびれるぜ。俺の見事な「ル攻撃」炸裂だ。
「ルーマニア!」
くそっ。まだあったか。
「アミメニシキヘビ!」
「ビーチパラソル!」
しまった!俺にルがまわってきた。
「ルー、ル…ルッコラ!」
よっしゃっ!
「ラ!?」
さすがに目をむいて、彼女は声を詰まらせた。
いよいよここまでだろう。
彼女は無言で考えている。
「ラムネ!」
案外身近なところから答えを探し当ててご満悦なのだろう。
満面の笑みを浮かべた彼女が小面憎い。
「年賀状!」
「ウォンバット!」
「とろろいも!」
「モモンガ!」
「ガッチャマン!」
息もつかせぬ速攻の応酬に、勝手に口が答えた。
しまった!
「ちがう、ガチャピン!あ!」
「勝負あった!待ったなーし!」
勝ち誇った声で言うと、彼女はソファーから立ち上がり、力強く勝利のガッツポーズを見せた。
ガッツポーズ。
ガはそれでよかったのに。
いまさら気づいても、もう遅い。力強く言い直した分まで「ん」がついていた。ごまかして言い逃れるのは無理だな。
「頼む。1回だけ。な?」
「なに都合のいいこと言ってるの?ジエンド、しかもお手付きまでしたでしょ?私がジャンケンにしようと言ったのに、運に任せるのはいやだ、実力勝負だーって言ったのも、待ったなし、お手付きなしの真剣勝負だと言ったのも、全部あなたでしょ?」
「くううう。」
彼女は足取り軽くテーブルに近づくと、茶封筒から書類を取り出した。
「うふふふ。」
笑い声を立てながら傍にあったペンで書類に書き込むと、俺の方に向きを変えて突き出した。
「はい!あなたの番よ。うふっ♪」
「ああ…。」
茶色の枠線の右側、『妻』の欄に堂々と、書き慣れた文字で彼女の名前が書いてある。
「佐伯 菜々子」
俺がため息をつくと、彼女が判決を述べる裁判官のような威厳をこめて言った。
「林田君。勝負に勝ったのは私よ。約束守ってちょうだい。ああ、あの面倒くさい氏名変更の手続きをしないで済むと思うと、心が軽やかだわ!2度は耐えたけど、3度目は絶対にイヤ。」
俺は、震える手で、『夫』の欄に初めて書く名前を書き込んだ。
「佐伯 哲郎」
くぅっ。なんてこった。俺、長男なのに!!
くぅっ。なんてこった。俺、長男なのに!!
父ちゃん、母ちゃん。ごめん。
コメント
コメント一覧 (2)
しりとりは、よく妹とやりましたよ。
「る」攻撃は厳しいです。
よくぞ、こんな長時間持ちこたえたものだと感心しました。
婚姻届なのでしょうか。
ということは、彼女は3度目の結婚?
林田哲郎より、佐伯哲郎のほうがしっくりきます(笑)
佐伯哲郎のほうがしっくりくると言われたら、
林田君の悔し涙も少しは渇くでしょうか(笑)
このふたり、けっこう気に入っています。
一話完結といいながら、別の回にちらりと登場の予定です!