「ルー、どうした?」
朝っぱらから暑苦しい日だった。
いつものように、時間もこちらの都合もお構いなしにやってきたくせに、そのまま立ちつくしているお前に、俺は思わず尋ねた。
明らかに、顔が青ざめている。
「おい、座るとかしゃべるとか、しろよ。」
返事がないのでしかたなく、俺は放っておくことにした。
ルーと呼べば3回に1回は、その呼び方はやめろと言い返すくせに、今日はそれもなしか。
こいつの名前は龍一という。
ガキの頃からの隣同士。幼馴染の気安さで、省略して「リュウ」と呼ぶ。
こいつの親がそう呼ぶくらいだから、まあいいだろう。
いつだったか、ふいに口が回らず、「リュウ」が「ルー」になった。
なんだかいい響きで気に入った。
以来、こいつは俺の「ルー」だ。
こいつは結構人気者だが、こいつをルーと呼ぶのは俺だけだ。
「どうしたんだよ。」
こいつと俺の付き合いは、生まれてこの方、もう29年になる。
いろんなことがあるたびに、こいつのツラを見てきた。
が、こんな様子は滅多にない。
ちょっと気味が悪くなって、俺は大股でルーに近づき、強引に座らせようとした。
デカい男が部屋の入口に突っ立っていては暑苦しいからだ。
すると、どういうわけか、反抗的に手を振り払いやがった。
「てめぇ…」
「朝子が、嫁に行く。」
「朝子が?そうか、めでたいじゃないか。おめでとう。」
「何がめでたいもんか!」
さっきは座れと言っても座らなかったくせに、ドスンと音を立てて、今度は勝手に座った。
「朝子はお前の5つ下だから、24だろ?適齢期ってやつだ。妹が嫁に行くのがめでたくないのか?」
俺はこいつの気持ちを知りながら、わざとらしく言ってやった。
「24だぞ。まだ若すぎるだろ。」
勝手なことを言いやがる。
「で?相手はどんな男だ。」
「慶応大学経済学部出身の青二才だよ。」
「青二才?若いのか?」
「27だとよ。」
なんだ、2コ下なだけじゃないか。
だったら俺らも青二才かよ。
「くねくねしやがって、論理的思考のカケラも感じないアホだ。」
ルーは決めつけるが、アホは慶応に入れないから、こいつの目が曇っているのだ。
「あんなやつが、朝子と一緒に、ふたりだけで暮らすんだぞ。」
「そらそうだろ、結婚するんだから。新婚が今から親と同居?ありえねぇよ。」
俺は、知っている。
でも、こいつの口からは聞きたくない。
「あんなやつが、俺の大事な妹と?あんなこと…とか、こんなこと…とか、するんだぞ!許せるかぁ!」
「アホか。それは親父さんが考えることだろうがよ。兄貴が言ってどうするよ。」
「うっ…。」
口ごもったルーは、俺が一番聞きたくなかったことを、とうとう白状した。
「好きなんだよ、朝子が。」
俺は頭ごなしに言い返した。
「馬鹿。お前、朝子は妹だぞ。」
「分かってるよ!そんなの、お前に言われなくても分かってる。
だから、諦めようとしたさ。
高校の時にはもう、どうしようもなくなってたから、めちゃめちゃ勉強したし、剣道部にも入ってさ。
雑念を振り払おうと、打ち込んでもみたさ。
でも、だめなんだよ。
お前、なんで俺が剣道部を選んだか、知ってっか?」
俺が剣道をやっていたからだと思っていたが…違うのか?
「頭をさぁ、竹刀でバカスカ叩かれてるうちに、忘れるんじゃねぇかと思ったんだよ。
健気だよなぁ、俺。」
どついてやろうかと思った。
「研究所に入ってからも、わざと家に帰らず実験に集中して、留学もして、いろんな女性に出会いもしてさ。」
いろんな女性ったって、お前、俺は知ってる。
お前の周りにいたのは、色気もなにもない”リケジョ”と、モルモットのメスくらいだ。
お前の実験はモルモットを殺さない。
俺は、お前のそういうところが…。いや、それはいい。
「でも、だめだったよ。
他の女に興味はない。朝子ぉ!」
俺は、ガツンと言ってやることにした。
「お前、本気で朝子のことを思っているんだったら、テメーの下心より、あいつの幸せを優先してやれ!」
「あいつの、幸せ?」
「そうだよ。自慢のお兄ちゃんが、実は妹に恋をしたしょーもないヤツだとバレてみろ。どんなに悲しみ、苦しむと思う?そんな思いをさせていいのかよ!」
「いや…。」
「好きなものを嫌いになれとは言わねぇ。
けどな、世の中には、どうしようもならないこともあるんだよ。
てめぇひとりの満足のために、人を犠牲にするな。
朝子は嫁に行く。これは、現実だ。
現実と、向き合え!」
ルーはとうとう黙ってしまった。
でも、帰る気はないらしい。
ルーよ。
俺が今、どれほど嬉しいか、お前は知らないだろう。
お前と俺はいま、とんでもない秘密を共有した。
お前の苦しみを、支えてやれるのは俺だけだ。
俺は、それでいい。
馬鹿野郎、泣き出したか?
ほんとに、しょうもない奴だ。
抱きしめてやりたくなって、俺は…。
もうひとつのエッセイブログ『ゆるるか』不定期に更新中!

人気ブログランキングへ
コメント
コメント一覧 (2)
ボーイズラブ&禁断の恋ですか〜。
花嫁の兄にも、同じ想いをする人がいる気がします。
たとえ、ジャイ子みたいな妹であっても(笑)
私は女3人姉妹でよかった(笑)
ボーイズラブは、友達と一緒に回し読みしていました。
女性を惹きつける何かがあるんでしょうね。
こういうのを描くのは難しいですね。
身の回りにもいるのですが、モデルがいれば書けるってものでもないことがよーくわかりました。
でも、新しいジャンルは楽しい。
通勤途中に巨大な本屋が開店しました。
行ってみたら、町の本屋1軒分くらいのBLコーナーが。
知らない間に一大ジャンルですね。びっくりして、しばらく眺めてしまいました。
若い女性がわんさかいました。