活動的にしていても、していなくても、週末は平等にやってきては過ぎていく。
スミレ先生の土日も、ぼんやりぐったりぐずぐずと思い悩むうちに、飛ぶように過ぎていく。
掃除も買い物も終え、夕やけが少し空を染めるのを見上げながら、リビングに落ち着いたスミレは、何とはなしに、テレビのリモコンに手を伸ばした。

ニュースを伝えている女子アナの声が先に聞こえ、一瞬遅れて映像が見える。
「…空港には大勢のファンが押しかけ、帰国した滝沢選手を出迎えました。」
派手とかオシャレとかいうわけではないが、洗練された姿でスーツケース片手に空港内を歩く滝沢選手を見て、老若の女性たちが歓声を上げている。

「ああ、帰って来たんだ、滝沢健太。いい男だなぁ。代表選出おめでとう。」
スミレはテレビの中の人物に向かって話しかけた。
あと1ヶ月もするとワールドカップが開催される。
その最終代表に選ばれた滝沢健太選手は、現在海外クラブチームに所属している。
30を少し過ぎたくらいだろうか。
サッカー選手は若くてやんちゃなイメージの人が多いが、この人は少し違う雰囲気を醸し出している。
が、実際は見た目より若いのかもしれないと迷わせるような風貌をしている。

「…滝沢選手はマリンズに所属していましたが試合出場のチャンスに恵まれず、自らセレクションを受けて現在のクラブへ移籍し、頭角をあらわしたという異色の経歴の持ち主です。代表選出前に行われた最終合宿に初召集、今回のサプライズ選出となりました。高いポテンシャルを評価されてのことと思われますが、来週に控えたチャレンジマッチには出場すると期待され、類まれな身体能力と経験が織りなす神業をわれわれの前に見せてくれることでしょう。」

自身が女子サッカーに夢中の中・高・大学生時代を過ごしてきただけに、スミレはこの滝沢健太という選手の名前や経歴を、テレビのアナウンサー程度にはすでに知っていた。 
悲運の天才、無名の天才と、時折深夜のサッカー番組に取り上げられることもあった。
スミレはこの人物をテレビでみるたびに、亡き父と重ね合わせずにはいられなかった。

幼い時からジュニアチームに所属し、ユースで活躍し、エスカレーターに乗ったようにJリーグへ。そして海外へ。そういう選手もいるのは確かで、それこそ能力を人生がサポートしているようなものだと思う。
ユースで活躍とはいかず、高校サッカーに身を投じた者の中にも、選手権の代表などになれる学校で頭角を現わせば、自然と世間が目にする機会に恵まれるわけで、早くからJの選手として契約が進むようなケースも多い。

しかし、多くのサッカー人は、そんなふうには生きていくことができない。
どれほどサッカーを愛し、夢中になろうとも、どれほど時間も体力も費やし、泥だらけになって己を磨こうとも、芽が出る選手は一握りだし、Jリーガーになれるのは、そのなかのさらにほんの一握りに絞られる。
あとは、趣味としてサッカーを続けていくか、指導者となって後進に望みを託すか。

あるいは父のように、サッカーを卒業し、思いを残していても過去のことと眼を逸らし、応援に徹するか。
あるいはサッカーなんかとつばをかけ、見向きもしなくなるか。
大概がそうやって、あの魅力的なスポーツから離れていくのに、滝沢選手はそのどれも選ばなかった。
自らを信じ、国内よりももっと魅力的な場所へ自分をつないでいった。
そして、きっとコツコツと努力したのだろう。
今は大輪の花を咲かせている。
亡き父も、母が言うほどにサッカーを愛していたのなら、私ができたからと諦めずに続けて、自分の道を開拓していたら、こうして花咲くことがあったのではないか。少なくとも、命を捨てるようなことにはならなかったのではないかと、思わずにはいられないのだ。

滝沢選手は中盤も前線もこなす、爆発的な得点力を持ったタフガイだ。
日本人には稀な、しなやかな身体をもっている上に、体中のどこにも眼が付いているのではないかと思うほど、相手を出し抜くのがうまい。
だから、そこから生み出されるゴールは、ねらってねらって…というのではなく、いつも、え?そんなところからそんな方法で?というミラクルになる。
これが、サッカーをかじった人間にはたまらない魅力となって映るし、サッカーを知らない人でも、ファンタジスタと言われるとそうに違いないと見え、またまた話題になる。

現在の滝沢選手は、公然の秘密兵器として、ワールドカップを心待ちにする人々の胸を躍らせているのだ。

いよいよ来週は、その姿を間近に見られるのか!
スミレは会場に足を運ぶには…と、パソコンを立ち上げて調べ始めた。
いつのまにか、さっきまでの重たい気持ちをすっかり忘れて。






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