車に戻った優は、いつもより大きな音を立ててドアを閉めると、余った勢いでハンドルをドンと叩いた。右手の指がジンとするも構わずに、両手でギュッと黒革のグリップを握りしめる。
ミドリにひどいことを言ったのは重々分かっている。
言うつもりはなかったのだ。
感じていることに嘘はないが、わざわざあんな言い方で伝える必要はないことも分かっているのだ。
なのに、言わずにいられなかった。
この止めようがない苛立ちの元が何なのか、優にはよくわからなかった。

愛車に乗り込んで、少し落ち着きを取り戻した優は、大きく息を吐き出すと、エンジンをかけた。
まだ買ったばかりのGOLFは中古だが、小気味良い音をたてて始動する。
ミッドナイトブルーのボンネットに陽光が当たると、海のような青さに変わる。
まったく、お気に入りの車だった。

ミドリに謝りに戻ろうかと一瞬思ったが、どうしても身体が動かない。
優はGOLFを発進させた。
予定していた買い物に向かうことにしたのだ。
行き先は、先日真理と今日子と一緒にでかけた、登山用品の店だった。
明日は真理との2度目の登山にでかける。
前回の様子から、優はどうしても用意したいものがあった。
それを取り出した時の真理の顔を想像してみる。
さっきまで荒れ放題だった心の海が、たちまちに凪いでいくのがわかる。
優はこの思いつきの実現に集中し始めた。

音を立てながらテーブルに届いたドリアは、手つかずのまま冷えかけていた。
ミドリはそれをぼんやりと眺めていたが、ようやくスプーンを手にして、固くなり始めたチーズを口に運んだ。
一緒に入ってきたエビがプリリと自己主張する。
雑誌で読んだからだけじゃないわ。美味しいのよ。
誰に言うでもなく、ミドリはつぶやいた。

優が残して言った言葉のどこをどうかんがえればよいのか、ミドリにはわからないまま、処理しきれないほどの重要情報をもらった実感と、優に執着し始めた自分の心を同時に感じているばかりだった。
こういう時、以前の自分なら、自分の胸に畳みこんで、ひとり思いを巡らせ、うめきながらも答えを出していた。
大人になって、人に相談する、誰かに協力してもらうということを覚えたのだが…。
ミドリは思う。優が言うことが正しいなら、今の私の方がよほど子どもで、以前の私の方が大人らしかったということかしら?

こういう時、味気なくなると何かで読んだことがある昼食のエビドリアは、冷えてしまっても、美味しいままだった。







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