ドリアはデートで女の子が注文するのにちょうど良いメニューなのだそうだ。
小さくて大食らいに見えないし、ソースの下にはご飯が隠れているから、グラタンよりもお腹にたまる。なにより、お皿の縁が立っているので、ピラフのように、最後のニンジンをスプーンで追い掛け回さなくても、スマートに食べ終えることができるからだ。

中学生の時に、友達に借りて読んだファッション雑誌にそう書いてあったのを読んで以来、ミドリは意中の男性と食事をするときは、いつもドリアを注文していた。
だから亡くなった哲也と外食した時も、メニューにある限りはいつもドリアだった。

スプーンを持ったまま、言葉を途切れさせてドリアを見つめているミドリに遠慮もなく、優はさっさと食べ進めていく。
「食わないのか?」
「熱そうだなぁと思って、ちょっと冷めるまで待とうかと思ってるだけよ。」
「じゃ、そんなの頼まなきゃいいだろ。だいたいうまいのかよ?」
「おいしいわよ…。スグルの方こそ、そんなにがっついて、よほどお腹空いてたの?ひとり暮らしでちゃんとご飯食べてないんじゃない?なんなら家に来てくれたら…。」

ミドリの言葉を最後まで聞かず、優は眉間に険しさをたたえて、短く吐き出すように言った。
「うるせぇよ。」
ミドリがびくりと椅子の上で跳び上がった。
「子ども扱いするんじゃねぇよ。お前、勘違いしてんじゃね?」
ミドリは黙った。

「俺はもうサッカー部員じゃないし、お前だってマネージャーじゃない。人の生活にぐだぐだ口出すのはやめろよ。」
ミドリは無表情なまま彫刻になっている。
「だいたいさ、今までだって、迷惑な時があったんだぞ。気付いてねぇみたいだけどさ。」
「迷惑…」
「部長のところに行くのは仕事だよ。会社があれば会社に行くだけの話だ。それをさ、毎回毎回ごはん作ったから食べて行ってって、俺が喜んでいると思ってたのか?そりゃ部長の手前、もう作っちゃったものを前にして『いりません』とは言えないからさ、ありがとうございますって言うしかないだろ?でも、大人だったら、『今日は御都合いかがですか?』って俺に聞くのが先じゃねぇのか?俺だっていろいろあるんだよ。どうせ、どこかの雑誌で、男の胃袋をつかんだら離れていかないとかなんとか、読んだんだろ?」

ミドリはあまりの意外さに、呆気に取られていた。
まさか、自分が親しみと思いやりを込めて作った食事が迷惑になるなど、考えてもみなかったのだ。
そうか、そうだったのか。
言われてみればもっともだ。
相手の都合を先に聞き、負担にならないように気遣うなんて、思いもよらなかった。
言い方は厳しいけれど、大事なことを教えてもらっていることは心に沁みる。
それに、しばらく忘れていた哲也との日々を思い出させられもする。
それは二度と味わいたくない苦行のはずだったが、平安を取り戻した今となっては、禁断の果実のように芳しくもあることが、自分でも不思議だった。
やはり、スグルは…

「ごめんなさい。」
ミドリの口から素直な言葉がこぼれ出た。
「私、本当に世間知らずで…。これからも、気付いたことがあったら教えて。私、スグルを頼りにしているのよ。ずっと長く、私を支えてほしいな…。」
最後は消え入るようだったが、確かに優の耳には届いたはずだ。

「お前さ、ひとりよがりだよな。」
ミドリの耳に帰ってきた言葉は、意外なものだった。
ミドリにはこの期に及んでも、何かしら温かな、期待をつなげる言葉が返ってくるはずだという確信めいた何かがあった。
でも、それは淡くも砕け散ったらしい。さすがのミドリにもそのことが分かってきた。

「相手の気持ちなんか、少しも考えないんだな。ちょっとは考えてみろよ。自分が支えになる相手に、キツいこと言い続けなきゃならない男の気持ちをさ。俺がこんなこと言いたくて言ってると思ってんのか?まったく、冗談じゃないよ。お前の旦那もさ、お前のそういうところがウザったかったんじゃねぇの?ガキじゃないんだからさ、自分のことは自分でやれよ!人に嫌な役割押し付けるなよ!!」

そこまで言うと、優は自分の食事代をテーブルにさっと置き、振り向きもせず店を出て行ってしまった。
その広い背中をソフトフォーカスの視界で見送りながら、ミドリは自分がかなり本気で優を思い始めていることを思い知らされていた。






もうひとつのエッセイブログ『ゆるるか』不定期に更新中!





人気ブログランキングへ