優にとって初登山は、本当に面白いものだったらしい。
扇沢に戻るまでの間に、真理は次の山登りの約束をさせられていた。
11月になれば、うかつに高い山には登れない。
いつ雪になるかしれないからだ。
素人の季節は終わる。
だから、その前にもう一度登りたいと言われて、つい承知してしまったのだ。
足をくじいた今日子を誘うのは無理だろうということで、今度の計画は最初から2人で行こうということになっていた。
もともと足慣れていない今日子を気遣う必要がなくなると、行程も積極的なものになる。
今回の立山登山はふたりだけになって抵抗を感じた真理も、終わってみれば運動部の合宿と大差ない様子で、気を許したとも言える。
と思う端から、あの朝日と、優の手に包まれた指の暖かさを思い出して、思わず耳が熱くなる。
でも、あれも昇りたての朝日をみつめるという滅多にない雰囲気がさせたいたずらにすぎず、大した意味はないと思うことにした。
約束の1週間後までの間、優は以前に増してよく働いた。
東京と長野の間を1日で往復するなど当たり前の顔をしている。
おらほの家のために買い上げた幼稚園の改築が進んでいるところにも立ち会い、細かい指示を出して行く。
ちなみに今日子は、立山の土産を持って優が見舞いに行くと、普通に歩いていた。
「あれ?歩いても大丈夫なんですか?捻挫したんじゃ?」
優が真顔で尋ねると、今日子は笑顔で答えた。
「ええ。ほんと、ぐきっとやっちゃって、痛いのなんの。でも、病院に連れて行ってもらって湿布してたら治ってしまったわ。ツイてたわ〜。」
優は、本当に捻挫をしたのだろうか?と疑ったが、今日子の表情からは何も伺うことはできなかった。
その頃、新吉は細かな雇用計画を立てるため、東京に行ったきりになっていた。
雇用は法律と財務との緻密な造形が必要なのだ。
新吉がいなければ、優は新吉の家に行く必要がなくなり、ミドリと顔を合わせる機会もほとんどない。
ミドリから優に連絡があったのは、2度目の登山の前日だった。
午前中で仕事を終えた優は、思うところがあって松本まで買い物に行こうとしていた。
そこへミドリから電話があり、相談があるという。
買い物の予定を帰る気がない優は、では昼でも食べながら聞こうか、と答えた。
大きなスーパーの一角にあるレストラン街にある定食屋で待ち合わせることになった。 
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コメント
コメント一覧 (2)
適度な忙しさは緊張を続けさせてくれていいですね
慢性的な忙しさで睡眠時間を削っている状態です
予定をいろいろと
入れ過ぎるからいけない、と反省しております
緊張感が保てる程度の忙しさは、健康の秘訣かもしれませんね。
睡眠時間を削るほどになっては逆効果ではありませんか?
お身体を壊されませんように。
折しも、インフルエンザが大流行。
抵抗力は睡眠時間に比例する気がします。