遠く向こうの山並みに滲んでいたぼんやりとした明かりが、やがて一点だけ明るさを増した。
手袋を忘れた指がちぎれそうに冷たくて、真理は思わず両手の指をこすり合わせて息を吹きかけた。
その指先に、横から大きな手が伸びてきて、くいっと握られてしまった。
「いいよ、大丈夫だよ。」
驚いた真理は反射的に、思い切り引き抜こうとしたが、大きな手は力が強くて抜けなかった。
「うわ、なにこれ?冷て〜」
優は真理の両手の指をしっかり引っ張り込むと、自分の両手で包んでしまった。
驚きすぎて体まで固くした真理に、優が言った。
「諦めないでよね。」
「諦める?」
「そう。あなたは、山に登ってるだけで終わっていい人じゃないと思うよ。」
「……」
「僕、サッカーやってたって言ったでしょう?
サッカーって面白んだよ。
ボールをね、仲間でパスして、ゴールまで運んでいって、最後にシュートする。
もしシュートするだけでいいなら、仲間だけでやればよさそうなものでしょう?
でも、敵がいないと、サッカーは全然楽しくないんだよね。
サッカーが面白くなるためには、敵が必要なんだよ。」
「敵が、必要…。」
「うん。それも強くて、しつこくて、こっちが思いもしない動きをする敵がいると、ほんと燃えるんだ。
全然かなわなくて、なんどもぶちのめされて、この野郎って思う。
でも、そういう敵に出会うと、こいつには絶対負けないって思って、練習して、鍛えて、上手くなろうとして、そうやって成長するんだよな。
もしも、仲間とわかりきっているやり方でボール回してシュートして100点とっても、強い敵をかわして、必死でとった1点のほうが嬉しいんだ。」
刹那、山際から、強い光が射して、あたりを一気に照らしだした。
ダイヤモンドのように輝く太陽がはじめのひとかけらをのぞかせた瞬間だった。
太陽を見ていた真理は、あまりの眩しさに目を伏せ、
真理の顔を見ていた優は、片頬に暖かい熱線が伝わるのを感じて太陽を見た。
「朝日だね。」
太陽がどんどん上がっていくにつれ、温かい光線も増えていき、太陽がどれだけ地球を暖めているのかを身体で感じた。
優の力が緩んだので、真理は手を引き抜き、自分のポケットに突っ込んだ。
太陽が上がりきるまで、ふたりは話をやめて、空を見上げていた。
「さ、戻って朝風呂に入ろうっと。」
優の声で、真理は現実に引き戻された。
「そうだね。」
真っ青な空が広がっている。
今日も登山日和になりそうだと、真理は思った。
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