雄山は登るのは大変でも、下りは早かった。
風に押されながら転がり落ちるようにすれば、あっという間に一の越まで戻れた。
そこから、ゆったり歩いてターミナルに向かった。
途中、冬毛に変わりかけたライチョウにも出会い、優はさらに上機嫌だ。
いいなぁ、いいなぁ、山はいいなぁと繰り返している。

ターミナルまで戻ってきたところで、真理がくだりの便を調べ始めようとすると、優が怪訝な顔をして尋ねた。
「明日のことは明日調べましょう。ずいぶんと慎重なんですね?」
へ?真理のほうがびっくりした。
こいつ、泊まる気なのか?
「いや、帰るでしょ?今日のうちに。」

「嫌ですよぉ。だって、雷鳥荘、予約してくれたんでしょう?泊まる、泊まる、温泉入りたい〜。」
駄々っ子か!と思わず声に出して突っ込んでしまった真理は、ごめんなさいと謝ってから、二人で泊まるのはまずいでしょう?と、聞き分けのない弟に説教するように言い聞かせた。
「どうしてですかぁ。だって山小屋って個室じゃないでしょう?知ってますよ、広い部屋に男女も知ってる人も知らない人も一緒くたに寝るって聞いてます。」
「そりゃ、雷鳥荘は二段ベッドだし、隣り合わせて寝るわけじゃないけど…。」
「じゃ、いいじゃないっすか!山小屋って俺、初めてなんですよぉ。楽しみにしてきたのに〜。理由もなく帰るなんていやだなぁ。」

ミドリさんになんて言うの?と聞いてみようか迷った真理は、結局言い出せないうちに、またまたバスの時と同じように押し切られ、雷鳥荘への道を歩き始めてしまった。

みくりが池の青黒い水を見下ろしながら、細い登山道をのんびり歩き、やがて雷鳥荘についた。
一人分をキャンセルし、相部屋の二段ベッドを指定され、行ってみると、優はさっさと下の段に陣取って、上着も脱がずにごろりと横になった。
真理ははしごを登って上に上がる。
晩ご飯までにあと1時間はあるから、先に温泉に入ってこようと思った。
支度をして、優に声をかけようと下の段を覗いたら、足がつかえたのかヤマネのように丸い姿勢で、優はもうクークーと寝息をたてていた。
なんだかんだ強がり言っていたけど、けっこう疲れてたんじゃない。
しょーがないわねと思った真理は、掛け布団をかけてやり、音を立てないよに部屋を出て温泉に向かった。

放っておいたらそのまま眠っていそうな優を起こし、晩ご飯会場に向かう。
山小屋らしい食事に日本酒を少し添えて、二人で乾杯した。
向かい合わせになるように席を指定されてしまったので、いやでも互いの顔がしっかり見える。
風呂に入ってスッキリと化粧を落としてしまった真理は、食べ始めてしばらくしてから、しまった!と思った。

しかし、優は気づいているのかいないのか、お構いなしによく食べ、しゃべり、笑った。
隣の席で食事をしていた年配の夫婦は富山側から登ってきたらしい。
優の絶妙なトークですっかり打ち解け、夫が定年になってから百名山を上り歩いているのだというような話をし始めていた。
真理は微笑みつつ聞きながら、優のよく動く表情を眺めていた。
こんなふうに明るく、なんでも話し合えそうな男性となら、ミドリさんも幸せになれるだろうな、スミレちゃんにもいいパパになってくれるんだろうなと考えていた。






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