三段紅葉の時期には、立ち止まる場所もないほどの登山客が訪れるが、紅葉が終わりに近づくにつれて人は減り、気温が下がるのにつれ、スキーの季節までは、訪れる登山客からは観光の雰囲気が消え、山を真剣に愛する者ばかりに見える。

「やっぱ、安曇野に住んだら山ですよねぇ。」
軽いノリで集合場所の信濃大町駅に現れた優は上機嫌だ。
車で行こうというのに、駅からバスに乗りたいと言って聞かなかったのも優だ。
真理は押し切られ、扇沢までバスで行くことを承諾してしまった。

「改めて聞くけど、なんでバスなの?」
「1回だけ、乗ってみたかったからですよ。
俺、バスってあまり乗ったことないんです。
学校は歩きか電車かだし、大学の途中で免許とったから、あとは車でどこでも行けるし。
けど、こっちに越してきたら、バスがえらい幅をきかせてるでしょう。
だったら1回くらい乗ってみてやろうと思ったんですよ。」
「それが、なんで今回なの?」
「だって、楽しいじゃないですか!遠足みたいで〜。」
このお子ちゃまが!
真理は心の中で毒づいた。
とはいえ、真理もバスが嫌だったわけではない。
ハイシーズンではないし平日なので空いてる。

「今日子さん、来ないわね。」
「どうしたのかな?ちょっと電話してみます。」
優は公衆電話を見つけて駆け寄っていった。
相手はすぐに出たらしく、はい、はい、そうなんですかと話している。
「どうだった?」
「それが、今日子さん、家を出る直前に、階段を踏み外して捻挫したらしいんですよ。」
「えーっ!そんなぁ!!」
「これからご主人と病院に行くそうです。今日は無理だって。」
「じゃぁ、今日は取りやめにしますか。」
真理がぽつんと言うと、優は本当に驚いたような声を出して言った。

「なんで?僕はほら、元気ですよ。
行きましょ行きましょ!
いいじゃないですか二人でも。
今日子さんはまた次に誘いましょうよ。ね?」
「でも、知らない男性と二人っていうのも…。」
「何言ってんですか!知らなくないですよ。
あいさつしたし、お話もしたし、ご飯も食べたし、買い物にも一緒に行ってもらって、ほら、この靴とリュックと服、買ったじゃないですか!」
「そりゃまぁ、そうだけど、全部今日子さんも一緒だったでしょう?」
「小学生じゃあるまいし、何言ってるんですかぁ。
あ、バスが来た!あれでしょう?ほらほら、行きましょ、行きましょ!」

背中をぐいぐい押されて、真理は初めて優が180センチはあるかという背の高い男性であることに気づいた。
それほどに関心がわかない相手だったのだ。
でもまぁ、ツアーに入れば、その日始めて顔を合わせた人と山に登るのだ。
知り合いなだけマシか。
そんなことを考えて抵抗する力が緩んだ隙をついて、真理はバスに押し込まれてしまった。






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