3日後、トコちゃんは何事もなかったかのように学園に戻ってきた。
真理が胸をなでおろしたことは言うまでもない。
スミレも大の仲良しの帰還に大喜びしている。
トコちゃんは、珍しくカバンを放り出したまま、スミレと遊び出した。
これが学校から戻ったところなら、「ほらほら、まず最初にするのは何?」と片付けを促すのだが、この日ばかりは何も言わず、それどころか、いそいそと、投げ出されたカバンを真理が片付けた。

その日から修了式まではあっという間だった。
トコちゃんは転校や自宅に帰って生活することが決まったと聞かされても、何も反論しない。
いつもより少しだけ無口になり、伏し目がちに何か考えている様子をしていることが増えたが、取り乱すこともなく時間は過ぎて行った。

学園で過ごす最後の夜も、トコちゃんはどこまでもいつもどおりだった。
職員たちが相談して開いたお別れ会でも、他の子どもたちと一緒にダンスをしたりして、はしゃいでいた。

スミレの後、学園の子どもたちの就学サポートには、いつもマリアンヌがついてくれていた。半年の間に4人もの子どもたちが世話になり、マリアンヌはもう学園の一員と言ってもいい存在だった。スミレの時と違い、転入学前から学園に通って子どもの様子を観察したり、遊んだりしていたからだ。
マリアンヌはトコちゃんとのお別れ会にも参加していた。

翌朝は、いよいよお別れだ。
食堂で最後の朝食をとった後、約束の時間にトコちゃんの両親が迎えに来た。
それほど多くない荷物を受け取ると、父親はぴょこりと頭を下げた。
その姿が、真理にはいかにも軽佻浮薄に見えた。

できることなら、このまま学園にとどめておきたい。
真理にとって、担当していた子どもを家に帰すのは初めての経験だった。
靴をはいて立ちあがったトコちゃんに、真理はバッグを渡した。
何と言葉をかけてよいか分からず、ただただトコちゃんの顔を見つめていた時だった。

「いやだ。トコ、行きたくない。」
ぽつりと、トコちゃんの口から、小さな声がこぼれ落ちた。
「やっぱりいやだ!トコはここにいる。学園の子でいる!」
今度は大きな声で叫んだ。

真理の目から唐突にぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「真理さん、トコ、いやだよ。行きたくないよ。」
真理の首にしがみつき、わんわんと泣き始めた。
トコちゃんが言う、初めてのわがままだった。
今までいくら言ってもいいよといっても、わがままは言わない子だった。
最後に、たったひとつ言ってくれたわがままを聞いてあげられないなんて!

「施設長!」
真理はトコちゃんを抱き締めたまま、今日子を振り返った。
今日子の頬も涙で濡れている。
「トコちゃん、大丈夫よ。また遊びに来られるわ。私たち、いつでもここにいるからね。」
今日子はトコちゃんの横に膝をついて、真理と一緒にそっと抱きしめた。
「お願い、トコを返さないで。いい子にするから。迷惑かけないから。園長さん、お願い!!」

父親は面倒くさそうに寄って来ると、泣き叫ぶトコちゃんを力づくで真理から引きはがし、抱きあげた。
「長らくお世話をおかけしましたね。さ、わがまま言わないで、行くぞ。」
父親はそのままいくらか歩くと、傍若無人に停めてあった白い軽自動車に荷物とトコちゃんを放りこんだ。
誰かに借りてきたらしい車は、あちこちにぶつけた傷がついていて、ことさらみすぼらしく見える。

「トコちゃん!」
駆けよろうとする真理を、今日子が引きとめた。
「真理さん、真理さん!」
車の中で叫び泣いているトコちゃんの姿が見えた。
が、それもわずかな間で、車は急発進して走り出すと、たちまち遠ざかって行った。







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