トコちゃんと真理の思いをよそに、法律は二人の意思を貫かせる力を持たなかった。
来月には2年生に上がる。
トコちゃんの家は、松葉が丘小学校の学区ではない。
家に帰るなら転校しなければならず、それなら区切りのよい学年の変わり目を選ぶのが妥当だ。

2月中に、自宅での1泊を経験していたトコちゃんは、その日、2泊3日で自宅に帰ることになっていた。
真理は不安だった。行かせたくなかった。
学園を訪れた時の、あの父親の抜け目なくあたりを見回す視線、母親のたよりなさげな様子。
思い出すたびに、あそこに帰ってトコちゃんが幸せになれるとは思えなかった。

この外泊が成功したら、トコちゃんは1年生の修了式で松葉が丘小学校から転校し、学園を出て春休みから自宅で生活することが決まっている。

前の夜、いつものように女の子たちを寝かしつけに行った真理は、トコちゃんのベッドに腰掛けて尋ねた。
「トコちゃん、大丈夫?」
「しかたないよ。決まっちゃったんだもんね。」
トコちゃんは真理よりも肚が座っている。
帰りたくないと言ったことなど嘘だったかのようだ。
自分の希望とは別に、どんどん両親の思い通りになっていくのを、なすすべもなく聞くばかりなのだろう。
残り少ない学園での生活を精一杯楽しもうとしている様子が、真理の胸を締め付け続けてきた。

着替えを終えたトコちゃんを、両親が迎えに来た。
真理は自分の目にバイアスがかかって、この両親を信頼できないと見るしかできなくなっているのだろうと思いたかった。
私の目が曇っているだけで、本当はトコちゃんを幸せにしてくれる人たちなのだと思いたい。
けれども、この日も同じだった。
この男はどうしても信用できない。
トコちゃんを取り戻すと、生活保護の金額が増えるばかりでなく、就学援助費が受け取れる。それが目当てなのではないか?
未だに定職についていないという点が、それを証明しているような気がしてしかたがない。
しかし、学園の一職員の印象など、この際誰も何の参考にもしないのだ。

靴を履き終えたトコちゃんに、真理はカバンを渡しながら小声でつぶやいた。
「あさってには帰ってこられるからね。何かイヤなことがあったら、電話するんだよ。番号、これね。カバンに入れておくからね。我慢しなくていいんだからね。」
真理は白いメモ用紙に大きめの数字で書いた学園の電話番号を、トコちゃんの目の前でカバンに入れた。
「ありがとう、真理さん。心配しないで。いってきます。」
トコちゃんはなんとも言えない笑顔になると、くるりと背を向けて両親の方へ歩き出した。
 
スミレが、真理の足元にすり寄ってくる。
トコちゃんがこうして外出することに、スミレも言葉にならない不安を感じているようだ。
真理はスミレの肩をいつもより強く抱きながら、トコちゃんの姿が見えなくなるまで見送った。







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