トコちゃんの祖父母は一計を案じた。
工場に出入りしていた卸業の何人かに、娘をもらってほしいと持ちかけたのだ。
これまで、製造するところに力を入れ、売りさばくところは卸に任せきっていた。
家業に、卸に詳しい男を加えることで、再起を図ろうと考えたのだ。
同時に、一生の安泰を娘に与えてやることもできる。
祖父母の打診に応じた男が一人だけいた。
それがトコちゃんの父親だ。
山っ気があるこの男は、生来の人たらしと言っていいだろう。
相手が勝手に信頼を寄せてくるのを、ゲームを楽しむように見ているところがある男だったが、腹に一物の祖父母には、そこが見抜けなかった。
傾きかけたとはいえ、工場主として財産をなしていた祖父母は、大枚の持参金をつけて、娘を嫁に出した。
持参金だけでは不安だったのだろうか、工場の近くに新築の一軒家も建ててやった。
1年ほどは、男も誠実そうに娘を大事にしたらしい。
それで祖父母は安心してた。
将来を約束するかのように、娘は早くも妊娠していたからだ。
しかし、男の見せかけの誠実は、長くは続かなかった。
次第に家に帰らなくなり、出張と称しては遠出するようになった。
もともとセールスが仕事の男のこと、販売拡張と言われれば、誰も怪しまない。
もうすぐ父親になる自覚の表れと、美談にすら思われていた。
しかし、実態は違った。
男は妻の持参金だった金を持って、水商売の女に入れ上げていた。
ギャンブル癖があったことも、祖父母が知らないことだった。
知的障害のある娘の将来を安泰させるために渡したはずの金は、あっという間に消えうせ、借金すら抱えた。
トコちゃんが生まれたころ、その借金が祖父母の知るところとなった。
男は巧妙だった。
祖父母の工場が生産した生地を売ろうとして、詐欺にあったのだと涙ながらに訴えた。
詐欺にだまされた自分が悪い、祖父母に迷惑をかけないため、言い出すことができなかったと言われ、人のよい二人は再びだまされた。
借金を肩代わりしてやり、当座の運転資金まで都合してやった。
男は、その金を持って、件の女と遊びまわった。
トコちゃんの母親は、自分の身の回りのことすらおぼつかず、夫が支度してくれなければ、食事を整えることもままらなかった。
まして、子育てなどできるはずもない。
それでも、男が根っからの悪人ではなかった証拠に、時折は帰宅して、家を片付け、洗濯をしてやり、食事を作って食べさせていた。
そんな環境で育つ方が不思議なくらいだが、トコちゃんは生き延びた。
しかし、そのままでは終わらなかった。
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