「お二人は、愛をどんなものだと考えていますか?」
真理が二人の看護学生を見上げて問いかけた。
学生は目を見合わせて、互いの表情の中に答えを探している。
「それは、思いやりというのでしょうか、相手のことを大切に思う気持ちのことだと思います。」
ひとりが答えると、もうひとりが、その通りとばかりに大きく頷いた。

「私は、愛は行動だと思っています。」
「行動?!」
二人が同時に問い返した。
「そうです。愛は行動です。」

真理は視線を学生からスミレに戻した。少し顔を近づけて、スミレの様子を見つめている。
スミレはよく眠っているようだ。

「相手を思う気持ちがあってはじめて行動が起きますから、思いはもちろん大切です。
でも、この仕事にとって、思いだけで終わってしまっては、愛していないのと同じです。
愛は行動で示されて、初めて相手に伝わるのだと思います。
そうして、子どもたちにきちんと愛していると伝わらないと、子どもたちは自分を愛される価値のない人間だと誤解してしまいます。
その誤解は、彼らの一生を損ないます。」

誠実そうな学生たちは、黙ってメモを再開した。
幸子は声をかけるのも忘れ、廊下に立ったまま、真理の話に聞き入った。

「どういう行動が愛ですか?愛しているよと言葉に出して言えばいいのでしょうか。」
そうでないことくらい、多分学生といえども理解しているだろう。
それでも、真理の確信を持った言葉に、もっともっとそれを聞かせてほしいという意欲がかきたてられているのが伝わってくる。

「具体的には、まず、見ることです。」
真理の答えが意外だったらしく、学生はまた手をとめて、真理を見つめている。
「見るって、こう、見るですか?」
「そうです。」
「でも、私たち、いつも何かを見ています。愛していなくても見ていると思いますが。」
片方の学生が、控え目な声で戸惑いながら尋ねている。

「確かに、目を開けていれば何かが見えています。でも、それは『見ている』と言えるほどの見方でしょうか。
例えば、学園の入り口に子どもたちが作った看板が出ているのですが、ご覧になりましたか?」
「はい、見ました!」
学生が同時に答える。
学園の正門脇には1メートル四方程度の掲示板があり、そこに子どもたちが毎月作る看板が掲げられる。
9月の看板には『秋はたのしい おいしい だいすき!』という文字を切りぬいた板と、どんぐりを抱えたリスの絵が貼り合わせてある。
幸子が前回訪問した7月には『まってました なつやすみ!』の文字に、スイカや浮き輪の絵がいくつも添えられていた。
とても印象的だったので、どうやって作るのかと尋ねたら、放課後や休日の活動のひとつとして、職員と子どもたちが熱心に手作りしているということだった。
近所からの評判も良く、楽しみにしているお年寄りからは毎月感想文が届くらしい。

「どんなものでしたか?」
「え〜っと、秋がどうとか…。」
「リスがついていました。どんぐり持っていたかなぁ。」
「ええ。そうです。お二人はきっと、この学園に興味を持ってくださっていたから、あの看板をよく見てくださったのでしょう。だから覚えていらっしゃる。では、ここに来る途中、小さな商店があったのを覚えていますか?」
「商店なんてあったかしら?」
「えーっと、道の左側ですよね。何かあったんですけど、えーっと…」
二人は考え込んだが、思い出せないようだ。
「あの店は『なぞの商店』という看板が出ている、この界隈では知らない人はいない有名店なんですよ。」

「なぞの商店?」
「どんな謎なんですか?」
「いえいえ。本当は『はなぞの商店』だったんです。でも、ある年の台風の影響で、『は』が取れちゃったんです。でも、それが面白いと評判になって、お店の人がわざと直さないでそのままにしたの。それで、『謎の商店』が誕生したというわけです。」
「へぇぇ!」
さっきまで敬語で話していた学生も、思わず本気で感心した声をあげた。
幸子も気付いていなかったが、帰りにじっくり見て行こうと思った。
「どうですか?関心がなければ人は目に入ったものでも見ようとはしません。でも今、お二人とも、『帰りにはよく見て行こう』って思っていらっしゃるのでは?」
学生と一緒に、幸子も深く頷いた。







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