給食の時間の前に、幸子は1年1組の教室を出て、もみの木学園に向かうことにした。
スミレの容態が心配だった。
ひと目でも顔を見て、これまでのことを詫びたかった。
教頭先生が快く承知してくれ、学園に連絡を入れてくれた。
どうぞお越しくださいと言ってくれましたよという返事を聞いて、幸子はホッと胸をなでおろした。

「小林さん、来週からまたお願いします。スミレさんのことは、それまでの間に矢口先生と相談して決めておきますから、月曜日も少し早めに起こしください。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
スミレさんのことはどうしたらいいと思いますか?と尋ねられなかったことで、幸子は真吾に言われたこと・・・昨晩改めて考えをまとめたこと・・・が、間違っていなかったことを確信した。

学園に向かう途中で軽く昼食をとったので、学園の来客用駐車場に赤いトゥデイを滑り込ませたのは丁度1時ごろだった。
受付で真理の所在を尋ねると、スミレの部屋にいるのでどうぞそのままお越しください、という伝言があった。
幸子はスリッパを借りて、見覚えのある廊下をスミレの部屋に向かった。

1年生の部屋は6人部屋で、今は4人で使っているのだそうだ。
廊下から部屋の中の様子をそっと窺うと、スミレのベッドの脇に置いた椅子に座っている真理の背中が見えた。
その横に薄いブルーのエプロンをした若い女性が二人立っている。
何度も見た光景だ。
多分、あれは、看護実習だ。

病院にも、ひっきりなしに看護学生たちが実習に来ていた。
でも、彼女たちは医局ではなく、ナースステーションを起点にしているので、それほど親しく語り合うことはなかった。
看護婦になるには、病院実習のほかに、こういった養護施設や高齢者介護施設なども訪れる。
きっともみの木学園にも年間何十人となくやってくるのだろう。

「私は、自分の仕事を養護だとか介護だとか、考えたことはありません。」
真理の声が低く静かに聞えてきた。
「この仕事に必要な能力は?とのご質問ですけれど、とても難しくて、私にはわかりません。体力はあったほうがいいと思いますが、絶対条件ではないような気もします。知識もあったほうがいいけれど、分からなければ周りの詳しい人に聞く方がよいようにも思います。」
学生が、左手に抱えた紙ばさみに、サッとメモを取っている。

「どうしても必要なのは…子どもたちを愛する力ですね。」
「愛する力?」
学生のひとりが聞き返した。
「愛するのに、力がいるのですか?」







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