「マリアンヌ!スミレちゃんはお熱を出しちゃったんだよ。今日はおやすみだよ。」
その女の子は、スミレともみの木学園で同室のトコちゃんだった。
スミレからも、学園で一番仲がよいのはトコちゃんだと聞いていたし、学校の中でもすでに何度か会っていた。

「スミレちゃん、よくお熱が出るの?」
幸子は尋ねずにはいられなかった。昨日の出来事のせいならば申し訳なさすぎる。
「う〜ん、学園に来てからは初めてかな。でも、新しいカンキョーって疲れるから、熱ぐらい出てもおかしくないんじゃない?」
あれ?と幸子は思った。
この感触、知っている。
康平君と接している時に味わっていた、あの感触だ。
きっとトコちゃんも、年齢の枠組みではとらえきれない何かを持っているのだろう。
今度は、見誤ったりしない。

「そうだよね。 あとでお見舞いに行ってこようと思っているのよ。」
「スミレちゃん、喜ぶと思う。マリアンヌのこと、大好きだって言っていたから。」
「そう、大好き…。」
幸子は穴があったら入りたいような気持でいっぱいになる。

「トコちゃん、学校は楽しい?」
「楽しいよ。でも、学校より、学園が楽しいの。今ね、トコは人生で一番幸せ!」
「そうなんだぁ。」

もみの木学園は県立の児童養護施設だ。
その利用者には、2種類ある。
ひとつは、契約生と呼ばれている子どもたちだ。家庭の事情で両親などが育てられない状況になった子どもを預ける契約を、県と保護者とで結んでいる。保護者は利用料を支払うことで、養育を委託するのだ。

もうひとつは、措置生と呼ばれている。この場合の「措置」とは、法的措置のことだ。
具体的には児童福祉法第41条に基づき、児童相談所長の判断で、県知事が措置を決定する。
親と死別して養育者がいない、家庭はあるが養育環境が整わない、親が子供を虐待しているなどと判断された場合などがこれにあたる。

スミレは契約生だ。
祖父の新吉が手続きをして、利用料を支払っている。
トコちゃんは措置生だった。
もみの木学園ができた2年前、スタートから学園にいるのだ。
彼女が育ってきた環境を幸子が知るのは、それから半年ほどあとのことになる。

あ、授業が始まるから座らなきゃ、というトコちゃんに手を振って、幸子はまた静かにクラスの観察を再開した。







ポチッと応援お願いします