真吾と昼食をとってから、改めてベッドに横になった幸子は、今度こそ本当に熟睡した。
途中、義父である小林院長が幸子の検温にやってきた。
幸子は義父のお気に入りの嫁だ。
熱が上がっていないことを確認した後も、しばらく温かなまなざしを注いでいたが、そっと部屋を出て行った。
幸子はうっすらと誰かがいることに気付いたが、すぐにまた、眠りの世界に引き込まれてしまった。

「ユキちゃん、ユキちゃん。帰るよ。」
そう言って真吾に肩を揺さぶられて目覚めた時には、すでに外は真っ暗になっていた。
「なんだか、すごくたくさん眠ったみたい。」
「気分は?」
幸子は深呼吸を繰り返した。
「うん。すっきりしていますよ、先生。」
「それは何より。熱もないね。では、退院を許可します。」

病院関係者の駐車場に向かうと、真吾は幸子の赤いトゥデイの方に乗ろうとした。
真吾の愛車である白いハイラックス・サーフがいつもの場所に置いてある。
「車は?」
「僕のは今日は置いて行くよ。君の車がある方が、なにかと都合いいだろうからね。」
幸子から鍵を受け取ると、真吾は迷うことなく運転席に座り、エンジンをかけた。

しばらく無言で帰宅の道を走っていたが、ふと幸子が沈黙を破った。
「康平君は、やっぱり早く歩けるようになって、お母さんを喜ばせたかったのかしら。」
これも、何度も話題になってきたことだ。

康平君の母親から火葬場まで一緒に行ってほしいと言われ、真吾と幸子は同行することにした。
霊柩車の後ろのタクシーに康平君の遺影を抱いた両親が乗り、 親類や幸子たちはその後ろに続くマイクロバスに乗った。

動き出したマイクロバスの窓から見た光景は、今でもどうにも忘れられない。
たった10歳の男の子を見送るのに、町中の人々がみな出てきたのではないかと思われるほどの見送りの列だったのだ。大人も、子どもたちもいる。包丁を持ったままの魚屋や、キャベツを抱えた八百屋、調理服のままのパン屋もいた。みな涙しながら康平君の最後の行進を見送っている。
この人たち全部が、康平君との特別な思い出を持っているのだ。
そんな少年に自分たちが施した医療は、果たして正しかったのか。真吾も幸子も、考えに沈んだ。

「きっと、私のことを喜ばせようとしたのだと思います。」
康平君が煙になって天に昇って行くのを見上げながら、お母さんが話しかけてきた。
「病院や先生方のせいではありません。私が喜びすぎたのです。立てたから、顔を洗えたからと、大げさに喜んだから、あの子はきっと、もっと喜ばせようとしてくれたのでしょう。夜中にこっそり歩く練習をして、驚かせようと。」
母親はもう泣き過ぎて赤く腫れあがっている目頭を押さえていた。

真吾は、ゆるやかなカーブに合わせて滑らかにハンドルを切りながら、幸子の疑問に答えた。
「確かに、お母さんもそう言っていたよね。でも、僕は、あの時康平君が喜ばせたかったのは、君なんじゃないかと思っているんだよ。」
「私?」
真吾がそんなことを言うのは初めてだった。







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