トントン、とノックの音がして、真吾が入ってきた。
院長室のソファーでぼんやりと康平君を思い出していた幸子は、それでようやく我に返った。
「起きていたんだね。どう、具合は?」
白い袋を提げた真吾は、院長室の明かりをつけ、カーテンと窓を開け放った。
一気に部屋の空気が入れ替わる。

「うん。少し眠ったら落ちついたわ。」
「熱は?」
「多分、ないと思う。」
「そうか。よかった。でも、もう少し休んで、今日は一緒に帰ろうな。
これ、どう?サンドイッチを買ってきたんだ。
大して食欲ないだろうけど、何も食べないのもよくないからね。
ユキちゃんが大好きな玉子サンドだ。」

そういって取りだしたのは、病院の近くにある、評判のよいベーカリーのものだった。
ようやく気付いて時計を見上げると、午後2時を指していた。
「あなた、いつもこんな時間に昼食なの?」
「いや、今日はちょっと遅いかな。1時まで診察で、そのあと少しやることがあって、それからこれ、買いに行ったりしたからね。」
「そうなの。」

よほど空腹だったのか、真吾は白い袋から次々にパンを取り出すと、机の上に並べ、幸子の動きを待たずにその中の1つを取り上げて、大きな口で頬張った。
「オレンジジュースと、コーヒー、どっちがいい?」
2つの缶を並べて真吾が聞く。
「オレンジ。」
「じゃ、コーヒーもらうよ。」

まるでハイキングに来ているかのように、明るい声の真吾に、幸子は自分の本来の日常を思い出させてもらった。
玉子がたっぷりと挟んであるサンドイッチをひとつ手に取り、口に運ぶ前に幸子は言った。
「康平君のこと、思い出していたんだ。」
「そう。康平君の最後のハイキングも、こんなふうにお弁当並べて食べたんだろうね。」
真吾はさきほど幸子が思い出したていたのと同じ映像を見ていたかのようなことを言う。

「そうだろうね。高尾山なんて、長野にいると山のうちには入らないようなものだけど、康平君にとってはエベレストだもんな。」
「ふふふ。私も聞いていたら、登頂記念のサイン、もらっておいたのになぁ。康平君、なぜか私には学校のこととか友達のこととか、全然話してくれなかったんだもの。」
「それは…。」
真吾は言葉を切って、変な含み笑いをした。
「なに?」
「子どもだと、思われたくなかったんだろうね。」
「子どもだと思われたくないって、子どもじゃない。」
「だからさ、余計にだよ。」

「なにそれ?もう、いい加減、説明してくれてもいいんじゃない?」
幸子はいままでも何度も同じことを尋ねた。
でも、真吾は康平君と約束したからと言って、いつもそれ以上は話してくれない。

「それより、明日から学校どうするの?」
真吾が話題を変えた。
「うん。今、考えているところ。」
「そう。そうだよね。よく考えたらいいよ。僕にできることがあったら力になりたいから、何でも言ってね。」
「うん、ありがとう。」
「それとね、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「学校でのボランティアが決まってから、君はいつもゴキゲンで、僕はすごく嬉しかった。キラキラしている君を見ているとホントに嬉しいよ。でも、少し寂しいんだよね。」
「寂しい?」
「君の幸せの設計図の中には、いつでも必ず僕の居場所も作っておいてよね。」
「なにそれ?」
「だって、いつもいつもスミレちゃん、スミレちゃんってさ。なんか、妬けるよ。」
「バカ。」
幸子はつい、吹き出してしまった。
「バカ?そうでもないと思うんですけどねっ。」
真吾も笑っている。
幸子は自分が座っているソファーから立ちあがり、向かいに座っていた真吾の隣に腰かけた。
そのまま、コトンと真吾の肩に寄りかかる。
「ありがとう、シンゴ。なんだかちょっと、お腹が空いた気がするわ。」







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