康平君の葬儀には、両親のたっての希望で、真吾も幸子もそろって参列した。
白衣の替わりに喪服に身を包んだ互いを見て、いつものように交わす言葉もない。
康平君が住んでいた町内の小さな集会所を借りての葬儀だった。
昨夜の通夜にも、小学4年生とは思えないほど、たくさんの参列者があったそうだ。

告別式の焼香と読経が終わり、最後のお別れをと声がかかる。
幸子は、康平君の白い顔の脇に、白いハンカチに包んだマリアンヌの亡きがらをそっと置いた。
「マリアンヌも連れて行っちゃうんだね。大好きな妹だもんね。でも、これなら寂しくないね。」
自分の声に、こらえていた涙が堰を切って溢れだした。

康平君の遺影が中央にある祭壇も、棺の中も、ひまわりでいっぱいだった。
「康平は、ひまわりが大好きだったんです。あの花を見ていると元気が出るよねって。」
母親が、そっと教えてくれた。

合掌して棺の前から離れると、後ろで慟哭が聞えた。
日焼けをした、ショートカットで細い身体の、若い女性だった。
「静江先生、静江先生…」と呼び、母親が女性の肩にすがりついた。
二人はしばらく抱きあって泣いている。
周りにいるのは、静江先生と呼ばれた女性の同僚のようだった。

「静江先生は康平君の担任の先生だよ。」
真吾は幸子を椅子に座らせると、その女性を見つめている幸子に、そっと教えてくれた。
病室に見舞いに来ている静江先生に、幸子はたまたま会ったことがなかったが、真吾は面識があったらしい。

「担任…小学校の。」
「うん。静江先生は大学を出たばかりで、今年から先生になったのだそうだ。とても優しい先生なんだって、康平君、自慢してた。」
「そうなの。私のことはユキチャンで、あなたのことはシンゴで、静江先生には『先生』がつくんだ。」
幸子は、この時、康平君が亡くなってから初めて微笑を浮かべた。

涙の跡をつけたまま微笑む幸子を見続けることができず、真吾は自分の膝に目を落として、小声で続けた。
「最後の入院の前には、康平君はもう車椅子だっただろう。
丁度あの頃、遠足の計画があったそうだ。
高尾山のハイキング。」
「ロープウエイがあるとはいえ、山道に車椅子は厳しいね。」
「そう。だからお母さんは、遠足は欠席すると伝えたそうだ。
身体への負担も大きいからね。
でも、先生はどうしても康平君も一緒に行ってほしいと考えたらしい。
ほかのクラスの担任とも相談して、行き先を変更しようとしたんだそうだ。
都下の遊園地なら、車椅子でも動きやすいところがあるからね。
でも、お母さんは、息子のために行き先を変えては、他のお子さんの経験に悪影響になってしまう、余計に参加させられないとおっしゃったらしい。
そこで、先生たちは考えた。
車椅子に乗らなければいい。」

「乗らなければいいって、歩くのは無理よ。」
「だから、先生たちは交替で、康平君を背負って歩くことにしたんだ。」
「背負って?康平君は少し小柄だけど25キロは超えていたはずよ。」
「まぁ、本格的に山登りをする人のリュックはそのくらいの重さだそうだから、無理というほどでもないかもしれないけど…。」
「それで?」
「そう決めたと子どもたちに話したら、今度は子どもたちが考えた。
先生と康平君のリュックと車椅子を、子どもたちが交替で持ち運ぶと言い出したそうだ。」
「車椅子は置いて行かなかったの?」
「車椅子が使えるところは使って、そうでないところは先生たちがおんぶする。
それを、遠足に行く全員で協力しようということになったのだそうだ。
康平君も、是非遠足に行きたいと言う。彼は意志が強いからね。
みんなからそこまで言われると、お母さんも断れなくなった。
当時は登下校だけでなく、授業中もお母さんが付き添っていたんだけどね、遠足の日、お母さんは列の一番後ろにいてくれればいいからと、康平君が言ったそうだよ。」
「それで、実現したの?」
「ああ。本当に楽しかったと言っていた。エベレストに登る人だって、自分だけの力で登るわけじゃない、僕はまだ子どもなのに、もうこんなにたくさんのサポーターがいるんだから、すごいだろうって、散々自慢された。」

「静江先生、あの細い身体で、康平君を背負って歩いたのね。」
「他の男の先生たちよりも、たくさん背負ったそうだ。
きっと、康平君の人格を揺さぶるような感動を与えたのだと思うよ、あの先生は。
すごいね。それに比べて…」

康平君のお母さんが、ふたりの前にやってきた。
「小林先生、佐川先生、お願いがあります。
火葬場まで、一緒に行ってはくださいませんか。
あの子の骨を、拾ってやってください。」

腰を直角になるほどまげてお辞儀をするお母さんに、二人はだまって頷いた。







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