「それとね。」
真吾は今までに見たこともないような真剣な表情で、すでにショックで顔をゆがめている幸子を覗きこんだ。
「もう一つ、僕は君に気付いてほしいことがある。厳しいことを言うようだが…。」
言ってもいいかい?という代わりに、真吾は言葉を切り、幸子が体勢を整えるのを待った。

「何?」
「これから話すことは僕の勝手な考えだから、正解かどうかわからない。
でも、君にも考えてみてほしいことなんだ。
いや、君たち、と言った方がいいかな。

そもそも、どうしてスミレちゃんをたんぽぽ学級の教室に連れていくことにしたんだい?
スミレちゃんは1年1組で、矢口先生が担任なんだろう?
だったら、彼女の居場所は1年1組で、スミレちゃんの勉強の計画を立てるのは矢口先生なんじゃないんだろうか。
一緒に学ぶのは、たんぽぽの子どもたちではなくて、1年1組の子たちじゃないのか?

確かにスミレちゃんは最初の学校でいじめに遭ったかもしれない。
学校に通えなくて、勉強が遅れているかもしれない。
けど、だからって、1年1組に居場所がないと、どうして決めつけたのかな。
それって、スミレちゃんにも、1年1組の他の子たちにも、ものすごく失礼なことだと僕は思うんだよ。 

君が託されたことは、1年1組でスミレちゃんが自分の居場所づくりをする手伝いをすることで、スミレちゃんに字を教えたり、身体をもっと成長させたりすることではなかったんじゃないのかな。

身体が小さくても、字が書けなくても、計算ができなくても、友達は作れるよ。
彼女の居場所を奪ったのは、実は大人たちなんじゃないかと思えてならないんだよ。

君の経歴を見て、校長先生たちは君に変な期待をしてしまった。
君はその期待に応えてみたくなってしまった。
その結果、スミレちゃんは本来の居場所を失い、抱えきれないほどの新しいものに圧倒されているのに、気付かれもせず置き去りにされて、それで調子を崩してしまったんじゃないんだろうか。

それは、人を教え育む仕事をする人たちにとって、決してしてはならないことだと思う。」

幸子は眼を閉じ、考えに沈んだ。
真吾はそれ以上は言おうとせず、腕の傷にガーゼを載せると、そっと包帯を巻いた。

「熱が出ないか心配だから、少し休んでいかないか。
院長の仮眠室を開けてもらうから、少し眠ったらいいよ。
おやじには僕から話しておくよ。
帰りは一緒に帰ろう。 」

「安定剤、1錠もらえる?このままでは眠れなさそう。」
真吾は、先ほどまでとは打って変わった柔和な顔になって、そっと幸子の肩を抱くと、ゆっくりと立たせて、仮眠室へと向かった。







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