康平君の容体はあまりよくないはずだった。
それでも、相変わらず歯切れのよい話が飛び出してくる。
変声期前の高い声で、言っている内容は大人としか言いようがない。
時として、幸子も真吾も、康平君は自分より年上なのではないかという錯覚にとらわれた。
明日がいよいよ手術という日、幸子は時間を作って康平君を見舞った。
 
「ユキちゃんさ、シンゴはどうなの?ちゃんと大事にしてくれてる?」
開口一番、真顔で聞かれた。
幸子がドギマギして、言葉を探していると、
「あのさ、最近のユキちゃん、ひどい顔しているよ。もとは美人なのに、いまは幽霊だよ。仕事、しんどいんだろ?」
図星を指された。

「うん。簡単じゃないよね。」
幸子は率直に答えるしかなかった。

「僕さ、10歳なんだよね。
10年って、短くないよ。けど、長くもない。
それがさ、続くかどうかの瀬戸際なんだ。
手術をしたら元気になるかもしれないけど、脳みそを切るんだもんな。成功しても後遺症が残るかもしれないし、失敗したら死ぬかもしれないんでしょう。でも、手術しないと、もう生きていられないんだよね。

僕はいつも考えるんだよ。
僕はどうして生まれてきたんだろうって。
僕みたいに心配ばかりかける子どもを持って、母さんも父さんも不幸せだよね。
僕はどうやって生きたら、母さんたちを幸せにできるのかな。

僕にできることは、なんなの?
ユキちゃん、教えてよ。」

そんなこと、教えられるはずがない。
私の方が教えてもらいたいくらいよ。 
答える言葉が見つからず口ごもっていると、康平君の方が言葉を継いだ。
 
「僕のように、言葉にして聞いてくれる子はいないだろうけど、でもここに入院している子たちはみんな、こんなこと考えているんだよね。
そんな人間の側にいるんだからさ、ユキちゃんがしんどいのは当然だよ。
当然だけどさ、それがユキちゃんの選んだ仕事だろ?」

康平君は純粋で頭がよくて、容赦ない。
この子の心にはバリアがない。
真っ直ぐに入ってきて、何もかも見抜かれてしまう。
嘘がつけなかった。

「ユキちゃんは純粋で、嘘がつけないでしょ。
だから、僕は心配なんだよ。
大人なんだから、もっと抜けるところは抜いて、都合よく考えて、楽に生きればいいのに。何にでも真剣になっちゃうでしょう?」

それは、あなたでしょう?と言いたいが、言えない。
わずか小学校4年生の男の子に、一言も返せない。
これではお見舞いに来たのか、自分が慰められに来たのか分からない。
幸子は自分の白衣と首から下げた聴診器を見下ろしながら、情けなくなってしまった。 







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