しばらくして、しんと静まった体育館に、マリアンヌに案内されて真理が入ってきた。
チャイムが鳴っている。
次の授業で体育館を使う学年が、もうすぐ移動してくる時間だ。

「スミレちゃん…」
真理も動転している。何が起きたのかさっぱりわからない。
校長先生はしーっ、と二人を制すると、そばにいた教頭先生に何か言って、そのままスミレを抱き上げ、保健室に向かって歩き出した。片桐先生と真理が後に続く。
真理が額をすりつけるようにして、校長先生に抱かれたスミレの顔を覗きこんでいる。 

教頭先生は、真理の後ろから歩きだしたマリアンヌの右腕をそっと後ろから引いて、呼びとめた。
「小林さんは、すぐに病院に行って、診てもらってきてください。ばい菌が入ったら大変ですから。」
「いえ。私は大丈夫です。それより長谷川さんにスミレちゃんの様子を伝えないと。」
「それは先程聞いた通り、私から伝えますから安心してください。怪我をさせてしまうようなことになって、申し訳ありませんでした。」
教頭先生がマリアンヌに向かって深々と頭を下げた。

「でも、あの…」
「今日はお帰りください。タクシーを呼びましょうか。かかりつけの病院はありますか?」
そこまで言って、ふと思案顔になった教頭先生は、大事なことを思い出していた。
「そういえば、小林さんもご主人もお医者さんでしたね。これは失礼。でも、ぜひ受診して、診断書をお取りください。」

マリアンヌはひどく戸惑っていた。
子どもを混乱させるようなことをした教員は、非難されて当然なのではないか。
なのに、どうして校長先生は私をスミレちゃんから離し、教頭先生は非難どころか、頭を下げてまで私の身体を気遣うのか。

「本当に申し訳ありませんでした。」
マリアンヌは、自分が言おうとした言葉を教頭先生に取られてしまった。
「小林さんに教員と同じような立場に立たせ、過大なご負担をおかけしたことは、私どもが反省しなければなりません。ボランティアさんの身に何かあったら、学校としてはお詫びのしようもありませんが、責任は取らせていただきます。」
 
教員と、同じような立場。
その言葉を聞いて、マリアンヌは先ほどから受けている不可解な対応の意味がストンと腑に落ちると共に、肚の底からざわざわと、さみしさというより、悲しみにも似た落胆の念が陽炎のように湧き立ってきていることに気がついた。しかしそれは、湧きあがると同時に急激に冷却され、胸をかきむしりたくなるような悔恨となって身をさいなみ始めた。

そうなのだ。
私は教員ではなかった。
ただの民間人ボランティアなんだ。
いくら教員免許があっても、専門課程を学んでいても、信頼されて任されても、この組織の人間ではないのだ。
私がすべきことは、担任たちと同列に立って自分の知識や技能をひけらかすことではなく、担任たちが本来することが円滑に進むようサポートすることだったのだ。 
そういう、ことか。

なんということだろう。
自分を教員と勘違いするなんて。
教員じゃないから「先生」と呼ばせず、「マリアンヌ」と呼び捨てにさせたのに。
いつの間にかいい気になって、私自身がすっかり勘違いしていたんだわ。 

マリアンヌの首からガクリと力が抜けた。
うなだれたまま、
「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません。病院に、行ってきます。」
蚊の鳴くような声でいうと、全財産を失った人のように背を丸め、トボトボと歩きだした。 







ポチッと応援お願いします