給食袋を持って登校した日、授業は1時間目が体育、2時間目が算数、3時間目が国語、4時間目が音楽、その後給食の予定だった。
1年1組と同じ時間割だ。
体育は、また体育館でやると言われて、スミレはもう「また遊ぶの?」とは言わなかった。
遊ぶのと同じくらいに楽しいけれど、勉強もしていることにスミレも納得したからだ。

体育館に行ってみると、舞台の前に何か大きなものが置いてあった。
近づいてみてもよくわからない。
「これ、何?」
スミレは、舞台に上がってマットを引きずっているマリアンヌに声をかけた。
「トランポリンよ。初めて?」
「うん。何をするものなの?」
「こうやってね…」

スミレが舞台に上がってくるのを待って、マリアンヌはトランポリンに跳び乗った。
大きなトランポリンで、ほとんど競技用とかわらない高級品だ。たぶん100万円くらいするのではないかと、体育倉庫でこれを見つけた時、マリアンヌは思わず息を飲んだ。
こんな素晴らしい道具が、倉庫の一番奥で、存在も忘れられたまま眠っているなんて!!

舞台とトランポリンの高さが同じくらいなので、一片を舞台にくっつけてある。そこに体育マットをかけて橋にして、歩いて乗れるようにしてあった。
残り3辺の床にはエアマットがあり、万が一落ちても大丈夫なようになっていた。

メッシュになっている部分は黒板色をしていて、短い方が2メートル、長い方が3メートルくらいある。マリアンヌはその真中に立つと、とん、とんと飛び上がって、だんだん高く舞い上がって見せた。
 
うわぁ!とスミレが声を上げるほど高くなった時、マリアンヌは両足をそろえたまま、くるりと身体を後ろにそらせた。そのまま一回転すると、すっとトランポリンに戻ってきた。もう一度飛び上がると、今度は膝を抱えて前転する。次は布団に仰向けになるような姿勢で降りてきたと思ったら、空中でくるりと反転して、お腹から降りた。また飛び上がる。長座で、正座で、いろいろな姿勢で降りては飛び上がる。

スミレは、くるくると跳ぶマリアンヌを見て、初めのうちは何が起きているのか分からず、きょとんとしていた。けれども、次第に高く高く跳び上がるマリアンヌをじっと目で追いかけているうちに、ふと、マリアンヌが天井にぶち当たって落ちてくるのではないかと恐ろしくなった。その刹那、スミレの目は瞬きを忘れ、今ここにない映像を見始めた。天井に思い切りぶつかったマリアンヌが、次は床にたたきつけられるのだ。血が流れ、青白い顔をして動かなくなるマリアンヌ。大丈夫!?と駆け寄ろうとしても、スミレの手足は石になったように動かない。

頭の中で、マリアンヌの顔が、あの日のママ…ミドリの顔に変わった。パパに殴られて意識を失ったママの姿だ。それから、おじいちゃんの家で、暴れまわって疲れて眠っているママの顔も思い出した。あのアパートで、目を吊り上げ、恐ろしい唸り声を上げながらスミレを蹴り続けたママのことも思い出した。

次の瞬間、恐ろしいママの姿が消えて、倒れたマリアンヌはおばあちゃんに変わっていた。お料理をしていたはずのおばあちゃんが、廊下に倒れていた。おじいちゃんが帰ってきて、おい、大丈夫か!と何度も何度もゆすったのに、おばあちゃんは二度と起きなかった。死んでしまったのだ。お葬式をして、火で焼かれてしまった。おばあちゃんはもうお墓にいて、二度と会えない。優しかったのに。おいしいご飯を作ってくれたのに。

「どう?おもしろそうでしょう?」
マリアンヌはトランポリンを降りようとして、スミレの様子がおかしいことに気がついた。
あと2回で勢いを止められる。
あと1回膝を曲げて、ジャンプをやめて…
 
ぎゃーっ!
絶叫などという簡単な単語では表せない声だった。
瀕死の蝉が最後の全力を振り絞って、身体の大きさの10倍くらいの声をたてて鳴いているような叫びだった。
「どうしたの、スミレちゃん!」
トランポリンから飛び降りるとすぐに、マリアンヌが駆け寄った。
「やだ、やめて!死なないで!だめ!!」
スミレの叫びの意味は、マリアンヌには分からない。

どうしたの、大丈夫よと声をかければかけるほど、抱き締めれば抱きしめるほどスミレは暴れた。
泣き叫ぶだけでなく、マリアンヌを押しのけようと手足を振り回し、頭突きをしてくる。

マリアンヌは自分の頭が真っ白になっていくのを感じた。
どうしていいのかわからない。
何が起きているの?

スミレはマリアンヌを突き飛ばして振り切ると、自分の頭を床に叩きつけ始めた。
ゴン、ゴン、ゴンと、何度でも叩きつける。
今度はマリアンヌが悲鳴をあげた。 
「だめ!怪我しちゃうよ!!」
マリアンヌはスミレの小さな体を抱えるように飛び込み、頭を自分の胸に抱えた。
途端に、左腕に激痛が走った。
ガブリと噛みつかれ、スミレの歯が左腕に突き刺さったのだ。 







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