2学期3日目の朝、大岡先生と江夏先生は、どの連絡帳にも同じようなことが書いていあることに気付かずにはいられなかった。

子どもたちが家に帰って、プールの話をたくさんしたらしいこと。
たっくんやしょうたは跳んだり跳ねたりして、実演して見せたらしい。
お昼ごはんをモリモリ食べたこと。
普段食が細いみほちゃんも、昨日はお母さんと同じくらい食べて驚いたと書いてある。
そして、午後はどうやら全員お昼寝したまま、晩ご飯まで起きなかったらしい。
もみの木学園でお昼寝などしたことがないスミレが、爆睡したまま起きなかったと、真理さんが書いている。
マリアンヌもみんなの連絡帳を見せてもらい、ほっとしたような笑顔になった。

大岡先生は、プールのことも驚いたが、その後のことにも衝撃を受けていた。
マリアンヌは、メガホンは子どもたちが使い終わると同時に水からあげて、着替えている間に乾かし、すぐに片付けてしまったのに、バランスボールは最後までプールに浮かべて置いたのだ。
そこまでは打ちあわせておらず、何故だろうかと思っていたが、真意は分からなかった。

全員が始めよりも行儀よく着替え終わると、マリアンヌはプールからバランスボールを引き上げた。濡れたまま、グランドを回って昇降口から帰るから、転がして行こうと言う。そんなことをしたらボールが汚れてしまう。子どもたちは言われたとおりにボールを転がして行く。案の定、濡れたボールには砂や枯れ葉がいっぱいついて、白く汚れてしまった。

昇降口に着くと、いつの間にか、濡れた雑巾と水の入ったバケツが用意されていた。
これはマリアンヌが矢口先生にお願いしておいたもので、さっき1年生がグランドに出てくるときに、一緒に持ってきてくれたのだ。

「ボールが汚れちゃったから、きれいにしようね。」
マリアンヌの声を聞いて、ようやく大岡先生は意図を察した。
たんぽぽの子どもたちは一様に、見えないものを理解するのが苦手だ。
だから、掃除もなかなか上手にならない。
そもそも、教室掃除をするとき、小さなゴミやホコリは子どもたちの目に見えないのだ。

ゴミが見えればいいのかと、何かで読んだことを参考に、教室中にシュレッダーのゴミを撒き散らしてから掃除しようとしてみたことがある。
しかし、これは大失敗だった。
子どもたちは、掃除する以前に、先生がゴミを捲いたのを真似して、自分たちもやっていいと誤解してしまった。
さらに、ほうきで掃こうとしたら、静電気でほうきにはりついてしまい、ゴミがいつまでもなくならないのだ。

場所こそ違うが、マリアンヌは自然と汚れを作り、それを落とすことを教えようとしている。
大岡先生は一歩下がって、子どもたちの反応と表情を観察し始めた。
マリアンヌから雑巾をもらうと、それぞれ運んできたボールをごしごし拭き始めた。
きれいにふき取れると、もとの青や赤や紫にもどっていく。

分かりそうな子どもには、雑巾が汚れたらバケツの水で洗えばいいことも教えている。
絞り方も練習させている。
そのうち、ボールから汚れが取れて、すっかりきれいになった。

「ねえ、マリアンヌ。もう転がさない方がいいね。また汚れちゃうからね。」
と言ったのはスミレだった。
「ああ、そうだね。じゃ、ふたりで1つ持って行こうか?」
雑巾やバケツの始末を田端さんに頼むと、マリアンヌと先生たちはたんぽぽの教室に戻った。

途端に、マリアンヌはバランスボールの栓を抜きとり、空気を抜いてしまった。
「え〜っ、どうして!」
マリアンヌの答えは簡単だった。
「使ったら片付けるんだよ。また使う時に、膨らませようね。」

そうして、今度は子どもたちの手を見て言った。
「雑巾を触ったから、手が黒くなっちゃったね。石鹸できれいにできるかしら?」
そろそろトイレにも行きたかった子どもたちは、一斉に駆けだして行く。
教室に戻ってくると、ひとりひとり、マリアンヌに手を差し出して見せて誉められていた。

着替え終えてから教室に戻るまで、30分とたっていなかった。
その間にマリアンヌは、子どもたちに掃除と手洗いの基本を教えてしまった。
自分は今まで何をしていたのだろう?と、思わず棒立ちになってしまった大岡先生は、危うく連絡帳を書くのを忘れそうになった。
江夏先生にどやされてボールペンを握ったものの、しばらくは頭がフリーズしたままだった。







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