他の子どもたちが始業式をしている間、スミレはマリアンヌと一緒にロッカーの位置やトイレの場所を確認したり、給食室をのぞいたりして過ごした。 存在は感じるのに、誰の姿もない学校は、どこかミステリアスな空気を運んでくる。
保健室の片桐先生は来年で定年を迎えるのだが、そうとは思えないきびきびした動きで、スミレの身長、体重、座高や視力などをサッと検査してくれた。 小児科の病院さながらに、あちこちの壁にはかわいいキャラクターが貼られ、ぬいぐるみもいくつか置いてある。片桐先生はニコニコと孫を見るような目で小さなスミレを見ていた。

校長室ものぞきに行った。
初めて会うのに、とても優しそうで親しみを感じる校長先生のことを、スミレは一度で好きになってしまった。
「なんだかおじいちゃんみたい。」
校長室を出て、廊下を歩きながら、いかにも秘密の告白みたいにいうスミレに、マリアンヌはちょっと戸惑った。
「おじいちゃんって…校長先生はまだおじいちゃんというには…」
言いかけて気がついた。
「そっか、スミレちゃんのおじいちゃんは、とっても若いんだよね。世間じゃあのくらいの男の人はおじいちゃんじゃなくて”おじさん”なんだよ。」
「へぇ!そうか。隆三おじさんと同じだね。」
「隆三おじさんは、えっと…そうだ、施設長さんの旦那さんだね。」
「そうだよ!優しくてね、おもしろいんだ〜。」
「そうなんだ。今度紹介してね。」

友達のようにおしゃべりをしながら教室に戻ると、たんぽぽの仲間たちも始業式を終えて教室に戻ってきたところだった。
夏休み明けの初日は帰るのも早い。
でも、あと30分ほどは遊べる。
マリアンヌは、ロッカーを開けるとバランスボールを取り出してきた。


K&G ジムボール パープル(小) GEB-550 55cm




全部で5つある。でも、どれも空気がぬけていて、ペシャンコになっていた。
たんぽぽの仲間たちがわらわらと集まってくる。
「これ、どうするの?」
スミレが尋ねると、マリアンヌは空気入れを用意して、やって見せた。
「こうやって、ここに差したら…足で踏むの。せーの!1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!はい、交替。」
今度はスミレの番だ。
たんぽぽの支援員さんがやってきた。
担任の先生二人は、必死の形相で連絡帳を書いている。
「せーの!1,2,3,4…」
声をそろえる。
すでに数唱ができる子は、一緒になって大きな声を出した。

スミレが10回踏み終えると、今度はたんぽぽの子どもが替わった。次に踏みたい子どもが、自然と列になって後ろに並んでいる。10はすぐに来るので、割り込んだり待ちきれなくなったりする子はいない。
それどころか、リズミカルな数唱がみな気に入って、イチ、ニ、サン、シと声を合わせながら、片足を踏みならしている。踏み終わった子はすぐにクルリを身を翻して列の後ろに並んでいた。
スミレも並びながら、だんだん膨らんでいくバランスボールを見ている。
たんぽぽの子どもたちは全学年、全部で9人いる。
2周したあと、マリアンヌが仕上げをして、大きなバランスボールが1つ完成した。

スミレはこの直径80センチはあろうかという大きなボールを初めて見た。パンパンと音を立てながら床を転がるカラフルな姿を見て、スミレはすぐに遊べるものと思ったが、違っていた。
「はい、次、次!5個全部丸くするわよ〜!」
「え〜っ」
「はい、スミレちゃん、10まで数えて!」
「よ〜し!せーの! 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10!」
「はい、よくできました。交替!」

多少大きさの差があるバランスボールが5つ膨らんだころには、子どもたちは汗みずくになっていた。
「はい、5個完成!みんな、やったね〜!!Good Job!!」
マリアンヌの喜び方は弾けていた。
両手を突き上げて、ピョンピョンと教室を跳ねまわり歓声をあげながら子どもたちひとりひとりとハイタッチをする。普段のおっとりとした様子からは想像もできないはしゃぎようで、大人たちは目を丸くしている。
子どもたちは自然とマリアンヌのテンションに巻き込まれ、舞い上がって喜んだ。

「みんな、帰りの会を始めるよ!」
担任の先生の声がかかる。
「はーい!」
一番よい返事をしたのはマリアンヌだった。
子どもたちはつられるように返事をすると、席についた。

スミレの席はたんぽぽの仲間たちから離れている。
「マリアンヌ先生」
スミレが呼びかけると、
「先生はいらない。マリアンヌだけ!」
「え〜っ。じゃ、マリアンヌ、あのボールどうするの?」
「知りたい?」
「知りたい!」
「明日ね、教えてあげる。」
「えーっ、今日じゃないの?」
「明日、明日。さ、帰る準備しょうか。」

スミレとたんぽぽの仲間たちは、明日の登校が待ちきれないような気がした。






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