学習ボランティア応募期限の最終日になった。
最初の4名はすぐに応募があったが、それ以降、誰からも応募はない。
7月末日の締め切りはあっという間にやってきた。

応募はファックスで寄せられることになっていた。
校長は、書類から気が逸れるたびに事務室に行って、ファックスを覗きこむ。
もうダメかと、次の手を考え始めた時だった。

「校長先生、これが。」
応募ファックスを持って教頭がやってきた。
応募者は30代の女性だった。
校長は、すぐに履歴書を持って来校してくれるよう、応募者への連絡を教頭に指示した。

その女性は、翌日来校した。
小柄でおっとりした印象の女性を校長室に招く。
差し出された履歴書を見て、校長は目を丸くした。

東京大学医学部卒業。
医師免許取得後東京大学医学部附属病院に勤務。
ニューヨーク州立大学にて応用体育学修士課程修了。
東京学芸大学にて教育学博士課程修了。 

「なんですかこれは?」
驚き過ぎた校長は、失礼極まりない質問を発した。 
それを笑顔でかわした女性は、なかなかのしたたか者だと教頭は見た。
「なぜあなたのような方が、教育ボランティアなんですか?」
「1年生の学習支援とのことで。この時期ですから、何か事情があるのだと思います。私がお手伝いすることで、少しでも楽しく学校生活を送ってもらえるようになればと思いまして。」
「ボランティアの内容についてまだご説明していませんが、よいのですか?」
と突っ込んだのは教頭だった。
「はい。もちろんうかがいたいとは思いますが、本来行われている教育活動のサポートであることにかわりはないと思います。ご要望に応えられるよう努力いたします。」

「この応用体育学とはどのような。すみません、不勉強で。」
校長が尋ねた。
女性は微笑んだ。
「日本にはありませんので、ご存知なくて当然です。応用体育学は従来の体育学に特殊教育学と心理学を合わせた、比較的新しい学問です。 肢体不自由児など、従来の体育では補いきれない、個別の工夫が必要な体育分野について学びました。一口でいえば、子どもたちは楽しく遊んでいるだけなのに、実は筋力や身体感覚を向上させ、身体のバランスを整え、ひいては脳の発達を促し、精神的な発達も進むというような方法のことです。アメリカでは、障害児に体育を教える教師は、全員この分野を習得していなくてはならないことになっています。」
「ほう。その視点は健常児にも役立ちそうですね。」
「はい。私もそう思います。帰国後、教育学を改めて学び直したのは、 おっしゃるようなことを考えたからでした。」
「ならば、どうして教壇に立たれなかったのですか?」
教頭は手厳しい。
「はい、思うところがありまして。」
女性はしなやかにかわした。
「私にできることといったら、子どもたちの遊び相手になるくらいですが、少しでも学校生活が楽しくなるようにお手伝いさせていただければと思います。」

校長は、教頭と目を見合わせると、互いに頷きあった。
「合格です。よろしくお願いします。」
その場で答えがもらえるとは思っていなかったらしい女性は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を和らげて頭を下げた。
「こちらこそ。ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

「それで…コバヤシサチコさん…」
履歴書をチラリと確認してから校長が呼びかけた。
「いえ、ユキコです。小林幸子と書いてコバヤシユキコと読みます。運悪く、夫の姓が小林でして。」
恐縮する校長を前に、もう慣れ切った対応らしく、ユキコさんは笑っている。
「いや〜失礼、失礼。ユキコさん、これから少しお付き合いいただけませんか?会わせたい人がいます。」
「はい。よころんで。」

校長はユキコを連れてもみの木学園に向かった。






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