スミレは、祖父が安曇野に引っ越してくるなら、もみの木学園を出ることになるのだが、引っ越しの時期が決まったわけではないのと、当面、祖父は東京と安曇野を行ったり来たりするだろうということから、もみの木学園に留まることになった。

二学期が始まろうとしている。
一学期の間は学園での生活に慣れるため登校を控えていたが 、9月からはいよいよ松葉が丘小学校の1年生として転入する。

小学校と学園は、スミレの転入に当たり、カンファレンスを重ねてきていた。
学園でのスミレの生活が波乱の末にようやく落ち着きを得たとはいえ、学校生活は別のものだ。
もともと、いじめが原因で転学を余儀なくされているだけに、同じことを二度体験させるわけにはいかなかった。
松葉が丘の子どもたちは、学園の子どもに慣れている。
世の中には自分たちと違って、家から学校に通えないこともあるのだということをよく知っている。それを理由にからかったりいじめたりすることは考えにくかった。
しかし、それは学年が上がった後のことで、1年生には難しいことかもしれなかった。

加えて、スミレは読み書き計算などをまだ学習していないという点にも配慮が必要だった。
松葉が丘は、のんびりした土地柄を反映してか、入学時に読み書きができないなど、それほど珍しいことでもないのだが、すでに1学期に学習を積んで、みなそれなりに出来るようになっている。そこにポンと入ったら、周囲が何も言わなくても、スミレは衝撃を受けるだろう。

スミレをどの学級に所属させるかも慎重に話し合われた。
松葉が丘の1年生は2クラスある。それと、たんぽぽ学級だ。
たんぽぽ学級では、すべての学年の児童のうち、発達障害があったり、場面緘黙や何らかの配慮すべき状況がある子どもたちが所属している。

スミレの場合、愛情遮断性低体重・低身長が診断名としてついているので、配慮すべき事項を持ちあわせてもいた。学習も遅れている。たんぽぽ学級に入ってもおかしくはない。
しかし、学習の遅れは、遅れというより未経験なのだから、当然だ。
一般的な知能検査では遅れは認められていない。

大人たちは様々な可能性を話し合った結果、スミレを1年1組に入れることにした。
決定のきっかけになったのは、スミレと同室のトコちゃんの存在だった。
トコちゃんも1年1組だ。
「一緒のクラスだといいね。」
スミレとトコちゃんが繰り返し話し合っているのを真理が耳にしていた。
少しでもスミレが安心できる材料がある教室にということで、大人の意見は一致した。

とはいえ、30人の児童の中に、いきなりスミレを入れるのは乱暴なのではないかという話になった。
たんぽぽ学級ならば、担任のほかに支援員がいる。
この支援員にスミレのサポートをしてもらう案が話し合われたが、スミレがたんぽぽ学級に入らないとなると、支援員の守備範囲ではなくなる。これが年度初めなら、必要に応じて市から人的配置をしてもらえるのだが、年度途中での配置はない。

学園から誰かが付き添うことも話し合われたが、学校のことと学園のことはきちんと区別するのがしきたりだ。
皆が沈黙に沈んだ時、校長のツルの一声で学習ボランティアを募ることが決まった。
この決定で、スミレは真理に次ぐ、第二の運命の出会いを果たすことになるのだった。






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