☆一昨日から発生していたコメントが書きこめない状況が解消したようです。ご迷惑をおかけしました。
これを機会に普段無口な方も、よかったら何かお書きくださいませ。 Hikariの励みになります。
これからもWin-Winをどうぞよろしくお願いします!

「真理。お前の心をよく見てみないか。今、ここで。」
「え?」
真理が聞き返す。
「もう一度、よく見るんだよ。いったい、どこに穴が空いているんだい?」
「ええ?」
「ほら、よくご覧。お前の心には穴なんかどこにも空いていないよ。それどころか、あっちにもこっちにも、優しくて面白そうなものが盛り上がっているじゃないか!」
たっぷり1分は無言の時間が続いたかもしれない。
祖父は自分で問いかけておきながら、ジリジリしてくるのを感じていた。
そのとき、ぽつりと、真理の声が聞えた。
「ああ、そうかもしれない。」
真理は目を閉じたまま、首を小さく左右に動かして、本当にあたりを見回しているようだった。
祖父はホッとして、静かに続けた。
「確かにかつて、そこは何一つない荒野だったのかもしれない。
嵐が吹き荒れて、砂粒さえ残らず飛ばされてしまったのかもしれない。
でも、今は違う。
肥えた土には木々や草花が生い茂って、小鳥や動物たちが豊かに暮らしているだろう。
聞えるだろう、楽しげなさえずりが。
青空から暖かな日差しが降り注いで、君の肌にあたっているだろう。
美味しそうな実も生っている。食べてごらんよ。うまいだろう!
どうだい、何か不足なものがあるかい?」
ああ、と、真理は深いため息を漏らした。
満足げな、安らぎを湛えた溜息だった。
それから真理は静かに目を開けると、祖父に向き直って、自分の頭にそっと乗せられていた祖父の手を取り、両手で包んだ。
「星川さん。私、今気付きました。
私の心が寂しいのは、仕事にしがみつくようにしているのは、娘を亡くした悲しみからだと思っていました。けど、それだけではなかったんですね。小さいころからずっと、自分の力ではどうしようもない寂しさを抱えていたんだわ。 私は寂しい風景をあまりにも長い間見続けていたから、今、風景が変わっていることに気付きもしないで、ずっと古い記憶を再生し続けていたんですね。」
祖父は静かに頷いた。
実際のところこんな芝居がかったことを、真理を癒せると確証を持ってしたことではなかったし、祖父自身、自分の言動の意味がわかっていない。
けれども、祖父の言葉をきっかけに、真理は自分の力で自分なりの答えにたどり着いたようだ。
それはただ、受け止めればよいものだ。
「考えようによっては、幼いころからの寂しさが、娘の死をより一層悲しくさせたのかもしれませんね。」
「真理さん。どうか今のあなたの仕事をさげすまないでください。信頼を盗んでいるなどと、考えないでください。」
「ええ、本当にそうですね。私、思い違いをしていたようです。もしも私が一生懸命にはたらくことで、心の穴を埋めたのだとしたら、子どもたちの力を借りながら、自分で立ち直ったということですよね。」
「そうですね。」
「だったら、子どもたちだって、私の力を借りながら、自分の力ではどうしようもない寂しさや苦しさを、いずれ撥ね退けていけますね。」
「あなたが手伝ってくださるなら、きっとできると思います。」
「そうだわ!たかが親に愛されなかっただけじゃない!それも、わざとじゃない。愛情を注ぎたくても注げなかった事情があったんだもの。それに、親の愛情はとても大切だけれど、それが全てではないですものね!」
「そうですね。きっと、そうだ。」
真理は力強く立ち上がった。
「星川さん、カウンセリングか何かを勉強なさったのですか?」
「とんでもない!この口が勝手に話してしまいました。」
「ありがとうございました。娘のことは、輝美のことは一生大事に思います。けど、いつまでも彼女の死を嘆いてばかりいたら、彼女に心配かけてしまいますね。」
不意に真理が抱きついてきた。そうして、明るい声でこう言った。
「パパ。ありがとう!私、ずっとさっきの言葉を聞きたかったの!
それに、今まで心の中では自分みたいな者がこの仕事をしていてはいけないんじゃないかって、ずっと思っていたけど、これからは心から楽しめそうよ!」
今度は、無理に明るくした声ではなかった。
祖父は何とも言えない充実感に包まれていた。

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コメント
コメント一覧 (4)
何度か顧客から耳にしましたが、好きになれない言葉です
子どもを亡くした親の苦しみ以上の、何があるのでしょう
実際に他人がこんな行為をすれば、受け入れにくいと思います
逆を言えばあり得ない話ではなく、受け入れるだけの器があるのなら
すばらしい方向に未来が展開できるように思います
そう思うと小説は凄い武器ですね
死んだ子の歳を数えるような真似とは、どういう時に使う表現なのでしょう。
数えない親なんているのかしら?
もしも、甲斐のないことという意味ならば、そういう表現が教育界にないことを嬉しく思います。
祖父がしたようなことを、テクニカルに行うための資格を持っています。
けれど、素人さんが、突然他人にできるものではないですね。
そう思うと、小説はすごい利器です!
血のつながらない親子だって、一緒に暮らしていると家族になっていくのに。
今でも忘れられない話は、楳図かずおさんの『おろち』。
何巻だったか忘れましたが、自分の息子に勉強を無理強いする母親の話があったんです。
ラストが泣けました。
フィクションだけど、かなりリアルです。
何年も一緒に生活して、何の感情も芽生えなければ、病気という気がします。
真理さんの親も、きっと娘を愛していたんだと思いますよ。
でも、愛は思い・感情だけじゃダメなんですよね。
そこらへんを、もう少し先ですが、真理さんが語ってくれます。
『おろち』、名前だけしか知りませんでした。
読んでみます!