9月。
スミレはもみの木学園からほど近い、松葉が丘小学校に転入、通学を始めることにした。
正確に言うと、転入の手続きは一学期中に済んでいた。
しかし、転学にあたってのカンファレンスで、学園と学校の担当者、養護教諭や学園に常駐している精神科医、心理士が一堂に会しての話し合いの結果、通学よりも学園での暮らしに慣れることが最優先されたのだ。

夏休みの終わりには、今日子から許可をもらった祖父が会いに来た。
その日、スミレは今日子にも久しぶりに会った。
隆三おじさんに会うのも、学園に入って以来だった。

今日子は以前のように家に行きましょうとは言わず、4人で回転寿司を食べに行くことにした。
海がない長野でどうしてお寿司?と祖父は笑ったが、隆三のたっての希望だった。

スミレの反応を見る方法を知ってしまった祖父は、スミレの一挙手一投足をじっと見つめた。
松本駅に現れた祖父を見ると、先に駅で待っていたスミレは今日子たちのそばを自分から離れて祖父に駆け寄った。
「おじいちゃん!!!」
抱きついてはこなかったが、祖父が抱き寄せると、じわりとしがみついてきた。
「スミレ、元気だったか?」
祖父が尋ねると、
「うん、元気!いろいろあったけどね。」
まるで大人のようなことを言う。その声が別人のようにはっきりと大きいことで、祖父はすぐに、この幼子が何かとても大きなものを乗り越えたのだと悟った。

隆三が回転寿司にこだわったのは、メニューに写真が必ずついているからだと、店に着いてからわかった。
スミレは写真を見ながら、これは何?こっちは何?と尋ねる。
しかし、せっかくの写真でマグロだハマチだコハダだと教えても、少しもピンと来ないらしい。
卵焼きだとか唐揚げだとかを食べたがるので、それがレーンを流れてくるのを待つのだと教えると、靴を脱ぎ、椅子の上に膝立ちになってレーンを覗いている。

「今日子さん。ありがとう。スミレがすごく変わったこと、よくわかるよ。」
祖父は頭を下げた。
カウンターではなく、テーブル席だったので、目の前に座っている今日子に、白髪が目立つようになった祖父のつむじが見えた。

「私ではなくてね、スミレちゃんが頑張ったの。それから、真理さん。」
「ああ、後でお礼を言えるだろうか。」
「ええ。スミレちゃんを送っていく時に、ゆっくり話せるわよ。」
スミレは外出許可をもらって出てきただけで、夕食前には園に帰る。

「あ、タコだ!あれ、タコでしょう?」
スミレの相手は隆三がしている。
「そうそう、あの白と紫が一緒についているのがタコだな。」
「おいしい?」
「う〜ん、おじさんは、いつ飲み込んでいいか分からないから、あまり好きじゃない。」
「へぇ。あ!あれは知ってる。エビだ!」
「正解。大きなエビだね。食べる?」
「うん、食べる!」
「じゃ、2つ乗っているから半分こにしようね。ほら、お皿を取って!」

「異動がね、決まったんだよ。」
祖父の言葉に、今日子と隆三が同時に祖父を覗きこんだ。
エビに夢中のスミレは、祖父の話が耳に入らなかった。






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