佐々木夫妻の家の前に着くと、スミレは勢いよく車から飛び降りた。
何事にもドキリドキリと胸をとどろかす祖父とは違って、スミレは突然知らない人の家にやってくることが、それほど苦痛ではなさそうだ。というよりも、明らかに楽しみにしている様子だった。

祖父は、そんなスミレの様子に戸惑いを禁じえなかった。
亡き妻や自分には、あれこれと注文を言うこともないし、口数は減るばかりだ。
持ち物があんなになるまでいじめられている間、この子は黙っていたのだろうか。
本当に引っ込み思案で、何事も表に出せない子なのかと思いこんでいた。

しかし、よく考えれば、洋食屋「やじろべえ」でもそうだったし、先ほどの列車の中でもそうだった。
佐々木夫妻に対する態度も同じだ。
見知らぬ人に声を掛けられても、この子は物怖じしない。
物怖じどころか、親しみを表現してやまないように見える。
本当なら、家族に対して見せる表情を、他人に平気で見せているような、どこかアンバランスな、奇妙な印象を受ける。

さすがプロと言うべきか、今日子はすでにスミレの心をつかまえてしまったようで、スミレと手をつないで玄関に入っていく。呆然と見送る祖父・新吉の肩に、隆三がそっと手をかけた。
「奥さんのことは、残念だったな。急で驚いたことだろう。お悔やみの言葉も見つからないよ。」
「ありがとう。」
「心配だろうな。」
隆三の目も、スミレの背中を追っていた。
「ああ。俺はもう、わからなくなってしまったよ。」

新築の香りがする家の中を、今日子はスミレの手を引いたまま、あちらこちら案内して歩いた。
「ここがね、おじいちゃんとスミレちゃんの部屋よ。」
「わ!大きなベッドがふたつある!」
「そう。うちにはね、お客様がたびたびみえるから、こんなお部屋を作るのが私の夢だったの。」
「スミレとおじいちゃんはお客様なの?」
「そうよ。だから、あの大きなベッドに寝てね。」
「なんか…すごいね。」

佐々木夫妻の歓迎を受け、お茶や今日子の手作りケーキに舌鼓を打ったり、テーブルいっぱいに並べられたご馳走で晩ご飯をいただいたりした後、今日子はスミレと一緒にお風呂に入りに行った。
「風呂なら俺が一緒に…」
祖父が申し出たが、今日子は何か考えがあるのか、女は女同士よね、などと軽口を言いながら目配せをして、スミレを連れて行ってしまった。

少しすると、風呂場の方から、今日子とスミレの歌声が聞こえてきた。笑い声や今日子が100まで数える声もする。
「スミレちゃん、思ったより元気そうだ。安心したよ。」
隆三が本気で嬉しそうな顔をする。
「そうなんだが、何かなぁ。腑に落ちないと言うか、違和感があってな。」
「おまえ、疲れているんだろう。いろいろとありすぎて。頑張りすぎたんだよ。」

隆三の労わりが、じわりと心に届いてきた。
思いやりのある言葉や、それを届けてくれる人の存在がこれほどにありがたいことだったのかと、祖父は言葉にならない感慨を胸にしていた。






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