盛岡で、すき焼き用牛肉を手に入れてきた。
大雪で在来線が遅れに遅れ、乗り換え時間がほとんどなかったのだが、行きに買っていってとても美味しかった「岩手牛」をどうしても、もう一度食べたかったのだ。

成人の日を含むこの3連休初日、晩ご飯をすき焼きにしようと言うのはあっという間に意見が一致。少し疲れが出て、のんびりしていた私は、よっこらしょと体を起して、卓上コンロや鉄鍋の用意にとりかかろうとした。何と言っても新幹線の発車を間近に控え、方向音痴で5分前集合の私が冒険するようにして手に入れた霜降り牛だ。時間もあるし、丁寧に作りたいではないか。

ところが、既になにやら作り始めていたくまさんが、台所のコンロにフライパンで、ジュジュッと肉を数枚焼いた後、野菜を並べ、割り下を入れ、いましも残りの肉を入れようとしているところだった。

ドウシテ!?

しかし、時すでに遅し。今夜食べる分と思われる分量のお肉はフライパンに投入され、火を通されてしまった。取っ手が取れるティファールは便利だ。そのまま鍋敷きが置いてあるテーブルに運ばれ、取っ手をはずして「はいできたよ。」

コンロを弱火にして、くつくついうところへ、1枚ずつ肉をうずめ、まだ赤味が残るうちに引き上げて食べる。美味しい肉は特にそうしたかった。とろりと口の中でとろける脂身の絶妙な味わいを思い出しながら、すっかり火が通った肉を食べる悲しさ、残念さ。しかも、ティファールはどんどん冷えて行く。猫舌の私だが、最後の豆腐を口に運ぶころ、冷奴状態でなくてもよい。 

でも、私はそれを言えないのだ。

残った煮汁で餅を煮ることにした。秋田のお母さんが持たせてくれた、杵つきの餅だ。砂糖が入っているわけでもないのに甘みが強く、よく粘る。フライパンを一度下げ、コンロで煮つけてきた餅は、半ばとけて美味しいが、フライパンも皿もネバネバだ。

くまさんが、ランニングでびしょ濡れになったシャツを洗っていた洗濯機が止まった。くまさんは洗濯物を干しにベランダに出ていく。私は食器を洗ってしまうことにした。とけた餅があちこちにくっついて、ちょっと苦戦する。シンクもべたべたになってしまった。丁寧に洗い落してお湯を止めた時、くまさんがベランダから洗濯かごを抱えてもどってきた。

事件はその時起こった。
くまは、かごを左腕にかかえたまま、右腕を伸ばして、人差し指でシンクをこすった。そして、まだそこに立っていた私に言ったのだ。「シンクに餅が残ってますよ。」

愕然とした。今、私が見聞きしたものは何だ?
嫁いびりの姑ドラマさながらのやり口に、開いた口がふさがらない。
不意に、腹の底から笑いが起きた。くっくっくっ。
嘲笑、という言葉がある。笑いについてこれほど細かな分類があるのは日本語の特徴と教えたことがある。自分がそんな笑いをすることに、かすかな驚きを感じつつ、笑いは止まらない。

「ねぇ、今、自分が言ったりしたりしたこと、おかしいと思わない?」
いつもなら、黙ってもう一度シンクを洗い始める私が、変な笑いと共に問いかけてきたから、くまも面食らったのだと思う。
「だって、残っているのだからそう言ったまでだよ。全部洗い流して完璧ってものでしょう?」

完璧??
私の腹筋は、さらに深い笑いを生みだし、口は勝手にこう言った。
「最低!」
くまは、これまで、私からそんなことを言われたことがない。
私はつぶやいたことがあるが、聞えるように言ったことはない。
それが耳に届いたのだ。
「最低?」

一度止まっていた笑いが、シンクを洗い直している時に、もう一度湧きおこってきた。
「ほんと、最低!」

フライパンで適当に作った料理を食べた後で完璧を語るのも片腹痛いが、毎朝あなたが髪を整えた後、洗面台に落ちたジェルを黙って洗い流しているのは私なのだ。

誰もが完璧になんかできないから、お互い助け合って、補い合って時を過ごしているのだ。



それでも、私はゴキゲンだった。
とうとう、言えた!

気に入らない時、馬鹿にされたと思う時、言い返した後の気まずさを思うと、自分の苛立ちや腹立ちを言葉で表現できないまま、飲み込んできた。飲み込んだものを消化できずに10日以上も口をきかなかったこともある。充分気まずいわけだが、それでも、私が何か言った結果だと思うよりマシな気がしていた。

でも、今年はちょっと、大事にするポイントを変えることにしたのだ!

結果よりプロセス。

気まずい結果を見るのではなくて、今ここで苛立つ自分を重視することにしたのだ。ひいてはそれが、結果を信頼することにつながるのだと、最近気がついた。

よしよし、私、えらい!
長年の苦手を克服したね!!


130113_1533~01「おはよ!」
「はい、おはよ。」

翌日、予定通り、一緒に富士山のふもとにある浅間神社へ初詣にでかけた。
ほら、大丈夫。
言いたいことを言っても、気まずくなんかならない。
ま、言い方はもう少し研究するけどさ。


陽が暮れかけた温泉から見る富士山は雄大で、くっきりと潔い。
「はい、合格っ」と言われた気がした。






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