「ねぇ、おせち料理は食べないの?」

秋田のおうちに着いて最初の食事は1月1日の夕食。ジンギスカン鍋だった。 久しぶりに帰省した息子夫婦は仕事で疲れているから栄養をつけてあげようと思ったのだろう、羊のお肉がモリモリ出てくる。お肉がなくなったところで、お餅を入れてとろりと煮とかしたのが絶品だった。

翌1月2日の朝。自分の家にいれば、お雑煮を作る朝だ。

「お雑煮」という単語を見てそれぞれの人の頭に浮かぶ映像や、口中に蘇る味には、かなりの違いがあるようだ。餅の形からして丸いか四角か違うし、四角といっても、正方形か長方形か違いがある。かつおだし、鶏だし、いりこだし。醤油に塩に赤みそ、白みそ。いろいろな野菜が入ったり入らなかったり。 

私の実家では毎年この「お雑煮」がいかなるものかで夫婦喧嘩が行われていたことは、以前にも書いた。母の「お雑煮」は、干しシイタケをもどしたところへ、かつおだしを足し、親の敵とばかりに千切りにされた大量の白菜と気持ちばかりの鶏肉を入れて、醤油で仕上げたつゆに、焼いた長方形の餅を入れ、仕上げに三つ葉を載せる。ところが、父の「お雑煮」は、世間でいうところの「おしるこ」なのだ!

くまさんと暮らしてずいぶんになるが、実は正月三が日に秋田に行ったことがなかった。何しろ寒いのだ。そして、敢えて呼ばれたこともない。だから、今回、私はくま家のお雑煮がどうなっているのか興味津々だった。くまさんには何度か尋ねたが、「あなたが作るのが美味しいから、あれでいいですよ」といって、おうちのお雑煮を教えてくれない。私に作れるのは、親の敵の白菜入りしかないというのに。

どきどきわくわく・・・しすぎて、すっかり寝坊した。
あわてて起きると、「よく寝ていたから起こさなかったけど、朝ごはんができた」と言う。こたつには、焼き魚や山菜の炒め物、いぶりがっこ、サラダ、味噌汁、ごはん・・・ごはん??
伊達巻は?栗きんとんは?紅白のかまぼこは?黒豆や田作りは?私の大好物の鬼がら焼きは??どれも、テーブルには載っていない。

お母さんの料理はどれも本当に美味しい。だから、何も文句はないのだが、ちょっと戸惑った。そして、くまさんとでかけた時に尋ねたのだ。「おせちは食べないの?」

「おせちはね、ないの。」
「ない?ないって?お雑煮は?」
「食べないの。」
「食べないの?じゃ、お正月はいつものご飯なの?」
「そう。大晦日にね、ごちそう並べるのね。でもおせちじゃないよ。お酒飲みながらそのごちそう食べて、お腹一杯だけど年越しそば食べて、おしまい。」
「おしまい?」
「そう、お正月はそれでおしまい。」
「じゃ、お餅はいつ食べるの?」
「いつでも。」
「いつでも?」
「そう。あれは、冬の保存食だからね。冷たい水で米を研がなくていいし。」
「へええええええ!」
「これから行くスーパーを見てごらん。おせちなんて売ってないよ。大晦日で終わるのは、ウチだけじゃなくてこの地域全部がそうなんだ。」

本当だった。
Hikari地方だったら、1月2日のスーパーは、1つなりとも売り残してなるものかとばかりに、広々としたケースいっぱいにお節料理が並び、エンドレスに流れる笛や琴の音が、いやが上にも正月気分を盛り立てている。ちょっと安くなっているものもあり、まだ強気なものもあり。ところが、秋田のそのスーパーでは、縦30センチ、横50センチほどのコーナーに、申し訳程度の紅白模様の背景があり、かまぼこと栗きんとんが並んでいた。それだけだった。

すごい!なーんだ!これはいい!!
お正月だからと言って殊に呼ばれたりしない理由もこれでわかった。

料理に自信がない私にとって、嫁ぎ先で包丁をふるい、立派なおせち料理を仕上げるなどというのはプレッシャーを超えたことだった。求められないのをよいことに逃げてきたと、今ならカミングアウトできる。

なのに、なんてこと!私はいったい、何から逃げていたというの?



奥様の実家である青森で初めてお正月を過ごした、新婚のでき過ぎ君も、私と同じ衝撃を受けて帰ってきた。

「全然いいんですけど、何かこう、調子が狂いますよね。」
「そうね。私、とうとう今年は鬼がら焼きを食べ損ねたわ。」
「僕もです。でも、おせちって実はそれほど好きじゃないんですよね。」
「私もそうよ。別に好きだから食べているわけではないの。お正月だからね。」
「青森はお年玉まで大晦日だったんですよ。正月気分はゼロでした。でも・・・」
「なんだか、自由でいいと思った?」
「あ、やっぱりHikariさんもですか?僕も思ったんですよ!都会よりずっと、自由でいいなって。」

いつもと違う場所からいつもの自分を見てみたら、当たり前のものが実は「しがらみ」や「こだわり」だったのかもしれないと気付かされた。
こんな体験ができる休暇を、今年はいままで以上に大切にしたいものだ。







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