megane

その朝、スーツのパンツをはこうとして、ボタンが取れそうなことに気がついた。そういえば、前回「つけ直しておこう」と思ったような気もする。すっかり忘れていた。早起きしてよかった、こんなのすぐだ。裁縫箱を取り出して、午前5時前のひと仕事…のはずだった。

電球の暖かな色を好むくまさんのチョイスで、我が家のリビングは ずっと電球色をしていた。確かに暖かでよいのだが、なにせ暗い。視力が弱い私にはけっこう辛かった。なんとかしてほしいとお願いしたものの、腹を立てられて叶わなかった。

が、時代は移り変わるものだ。今や、世の中はLEDだ。始終切れて買い替えていた電球は「長持ち」の一言に敗退し、我が家にも白いLEDがやってきた。ありがたや。これで夕方になったからと、読書や手紙書きを諦めなくてもよくなった。

が、早朝のリビングで明かりをすべて点灯しても、針の穴がまったく見えない。わかってる、老眼が始まっているのだ。「お手元用眼鏡」なるものも持っているが、これは職場で書類を読み続ける時に使うので、家には置いていない。縫い物には慣れているんだ、やっているうちに通るだろうとの予測はむなしく裏切られ、時間だけが過ぎていく。

そうだ、勉強部屋に「遠近両用眼鏡」があるではないか。これは6万円もかけて作ったのに、どうにも使いこなせない。座ってかけているだけで気分が悪くなってしまう。歩くと倒れそうになる。外になど出られもしない。必然、取り出さなくなり、お蔵入りだ。

江戸むらさきのキャラクターよろしく、鼻先に眼鏡を乗せて針の穴を確認する。かすかに穴かと思われる向きは、先ほどと90°ずれていた。これでは糸が入るわけがない。 向きは合わせた。後は通すだけだ。が、まったく入らない。

自分に言い聞かせる。お前はいままで何千回と糸通しをしているんだ。見えなくても通せる。だいじょぶだ〜っ。

気合が通じたのか、10数分後、なんとか糸を通すことができた。とんだ時間のロスだ。



「このラーメン屋、ものすごく美味しいんです。近くへ行ったら寄ってくださいね。」と言われたその日。たまたま近くへ行く用事ができた。食事を済ませるにも都合がよい。地図はあらかじめ確認済みだ。

サッカー観戦用の眼鏡がある。見え過ぎてものすごく疲れる。だから運転する時と屋外でしか使わない。普段は裸眼で過ごしている。その日、その「見える眼鏡」を職場に忘れてきてしまった。夜8時過ぎ。街の明かりだけでは目指す店が見つからない。看板も見えないし、屋台風らしい店構えも見分けられない。結局発見できぬまま、歩き疲れて帰宅してしまった。

最後のダメ押しが「見たいものしか見えてなかったメニュー」だ。

その前から、横長のリビングの端に置かれた42インチの液晶テレビが、反対側にあるテーブルにつくと見えなくなってしまっていた。これはもう、放置するのも限界だ。
とはいえ、難しいのだ。今までどれだけこの視力問題に投資したかしれない。が、ことごとく失敗した。眠るときにコンタクトを入れて角膜に押し型をつけるオルソケラトロジーなどがよい例だ。ずいぶん頑張ったが、私の眼にはとうとう合わず、最後は角膜を傷つけてしまった。



3連休前の昨日、ジンジャーミクル紅茶に癒された後、意を決して眼鏡を作りに行った。J!NZは便利だ。その場で測定、30分で眼鏡を作ってくれる。幸運にも気に入るフレームもすぐに見つかった。細く赤いフレームが、表情を華やかにしてくれそうだ。

しかし、諦めていた。疲れない程度に遠くが見えるようにすることはできても、手元は見えないだろう。本やパソコンの時は眼鏡をはずすのだ。ああ、面倒くさい。しかし、テレビやそこにある看板だけでも見えるようにしよう。

ところが。
技術は私の想像を越えて進んでいた。弱視で遠視の左目と、近視が進んだ右目を丁度よい程度に調整する眼鏡を作ってくれるという。そんなウマい話があるものかと疑っていたが、できあがってみると、なるほど隣町の看板は霞むが、身の周りは明るくクッキリと見える。かつ、本もパソコンも裸眼よりよく見える。「見える眼鏡」より左右の視力差が少ないせいか、眉間のあたりが少し軽い気もする。

うそでしょう???
こんなことができるなんて。
今までどこの病院に相談してもできなかったのに、その場で作る眼鏡屋さんがこの難問を乗り越えさせてくれるとは!
それも、たったの7990円で。



帰宅後、ずっとかけっぱなしにしてみたが、頭痛も起きない。
すばらしい。

そして、我が家自慢のブラビアがどれだけ綺麗に写っていたのか初めて知った。
床のホコリもつぶさに見える。こんなに汚れていたのか!初めて気付いた。
自分の夫が本当はどんな顔をしていたのかも。






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