「どういうこと?」かあさんの目が真剣さに冴えています。
「私の両親はどうしようもなく思いやりや愛情に欠ける言動をする人たちですが、それは私の基準から見た時の話で、両親にしてみれば、己に正直に、己にできることを精一杯していたにすぎないのではないかと思うのです。

両親にとっては、精一杯の愛情を示したつもりでも、私にはそれを受け取る受け皿がなかったような気がするの。だって、長い子ども時代、楽しいことも嬉しいこともきっとあったはずなのに、何も思い出せない。けど、さっき話したような辛いことは、昨日の出来事のように覚えているのですもの。

それは、親の育て方もあるけど、私の性質というか気質というか、そういうものとも関係があるように思えてきたのです。」
「なるほど、おっしゃる意味が少し分かったかもしれないわ。私が父を信じて母のやり方を受け入れなかったのは、私の気質のせいということね?」

「すべてがそうだというわけではないんですが…。そういうことってないでしょうか。だって、御家柄からいえば、おばあちゃんのほうを信じて、お父様を批判的に見ていたって全然不思議はないというか、かえって自然じゃありませんか?でも、かあさんはそうしなかった。そうして家をお出になったのでしょう?」

「後藤からお聞きになったのでしたね。そうです。私は父の愛を信じて、自分の思うところを信じて、母のいいなりになるのは嫌だという気持ちを大切にしました。」
「そうして、おやじさんに出会って、かあさんは幸せを掴まれたのですよね?」

「ええ。家柄も財産もなくなりましたけれど、それより嬉しく、大切なものを手に入れましたわ。私が信じた幸福がそのまま現実になりました。」
「もしも、おばあちゃんが、かあさんが家を出てしまったときとか、その何年か後とかに、『あの時は悪かった、どうか家に帰ってほしい』と懇願していたら、かあさんはどうされたかしら?」

「そんなこと考えたこともないけれど…。」
「それまでのやり方や話したことを反省して、許してほしいと謝って、どうか家に戻って、家業を手伝ってほしいと言われていたら?」







人気ブログランキングへ