私が思わずつぶやいた独り言に、かあさんはしばらく考え込む様子でした。テーブルのアイスティーはグラスに水滴がついて、氷はすでになくなっています。私はいつの間にか炭酸を飲みほしていました。

「確かに、そうだったのかもしれないわ。私が生まれた時にはおじい様もおばあ様も亡くなっていたから、どんな方だったのかよくわからないの。でも、想像はできるわ。きっと私が母から言われたようなことを、いい聞かされたのだと思うから。弓子さんは母の名前をご存じだったかしら?」

「あ、いいえ。」
「母は『花』というの。私の花亜という名前は母がつけたそうよ。」
「ちょっと不思議な、あまり聞かないお名前ですよね。」

「ええ。弓子さん、『亜』という文字の意味をご存じ?」
「意味といわれると…。」
「『亜』という文字はね、第二のとか次のとかいう意味なの。それも、表立たずに下で支えるようなセカンドという意味合いね。」

「あの、『亜』という文字は『悪』にもついていますよね…。ごめんなさい、変なことを言って。」
「いいえ、その通りよ。上というか表面がつかえていて次の地位にいるようなところから、『つかえる』という意味が出てきたらしいの。きっと『悪』というのは、胸がつかえて嫌な気持ちになることを表しているのね。」

「そうなんですか!では、おばあちゃんはかあさんに、自分を下で支えて、いずれは自分を継ぐ者になってほしいという願いをこめて『花亜』というお名前にされたのかしら?」

「きっとそうなのでしょう。でも、実際は自分を継ぐのではなく、差し支えになって嫌な気持ちになる娘になってしまったみたい。名は体を表すとは本当のことね。」
「でも、かあさん。自分が生きづらいと思うとき、その生きづらさを継いでほしいと思う親っているのかしら?」