どうも、勘助です。
おやじさんはカウンターごしにかあさんを見つめています。いや、かあさんが嬉しそうに見つめている大きな花籠を見つめています。

言葉に出しては言いませんが、おやじさんは自分と結婚さえしなければ、かあさんは今とは全く違った人生を歩んだ人だということに気付いています。お美代に腰掛けてぼんやりしている時、おやじさんはそんなことを呟くのです。

きれいな花だね。おやじさんは話しかけます。ええ、兄が送ってくれまして。かあさんが明るい声で答えます。いつも気にかけてもらってありがたいね。おやじさんが言うと、かあさんは、ほんとうに、と振り向きます。

その笑顔に浮かんだ微細な波紋を見て、おやじさんは次の一言を飲み込みます。さて、仕込みにかかろう。真新しいカピバラのエプロンをピンと引っ張って、おやじさんは手を洗い始めました。

おやじさんが仕入れたての玉子を取り出している後姿を見ながら、かあさんは小さく「ありがとう」とつぶやきました。かあさんは、自分と結婚さえしなければ、おやじさんの人生は変わっていたろうということに気付いています。

ああ、この上、また迷惑をかけるなんて、いったいどうしたらいいのかしら。かあさんは、先程心の奥に押しやった問題が勝手に出てくるのを感じました。だめだめ。そのことはまた後で。今日は大事なオープン日だもの。

私は、この夫婦に時折流れる微妙な空気を感じつつ、でもお互いをかけがえのない存在として大切にしあっていることを、本当に自慢に思うのです。そうして、新生・カピバラ食堂が「やじろべえ」の時より流行るようにと祈るのです。







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