どうも、勘助です。
私はこの日初めて知りました。おやじさんが「かあさん」と呼ぶのは、「母さん」だと思っていました。常連客もそう思っているでしょう。

でも、かあさんの名前が「花亜」だから、かあさんだったんだ。
20年以上もそばにいながら誤解していた自分が恥ずかしい。それにしてもこの「後藤」という初老の男は何者なのでしょう。

「はい、わたくしは麹町のご本宅に残り、花音さまご夫妻をお守りするよう、旦那さまから仰せつかりました。那須のご別邸には安住がお供することになっております。まだ若いながら、安住はよくできた男ですので。」

「安住が。懐かしいわね。私が最後に会ったのはもう15年も前になるかしら。お兄様が息子か孫のようにかわいがってらしたわ。そう、もう執事ができるほどになったのね。後藤がいれば、花音たちも安心だわ。」

どうやら、カノンさまというのは、かあさんの姪にあたるようです。私はシツジを知りません。ヒツジの親戚でしょうか。なにやら、いると安心なもののようです。それがこの男?かあさんが言っていることが分からず、私は不安です。

後藤という男が持ってきた花を、かあさんは店のあちこちに置いてみて、一番奥の小窓の脇、日が当たる一角に置きました。満足そうに大きな花籠を眺めるかあさんは、なんだかいつもと違う気品を漂わせています。

「それで、お嬢様。実は…」後藤という人がひそひそとかあさんに耳打ちします。「ええっ!」かあさんは飛び上がりました。「まぁ!なんてことでしょう!!」こんなに慌てたかあさんを見たことがありません。