新吉が会長に呼ばれる時、それまではいつも麹町のお屋敷に行っていた。
夜のことが多く、この日のように日中と言うのは珍しい。
さらに、本社ビルにある会長室を指定されたことは、新吉に新鮮な感動を与えた。
いよいよ、おらほの家事業が会長の私的な関心事から「松重の仕事」になったのだという気がしたからだ。
会長室へはセキュリティも厳しい。
いくつかのチェックを通り過ぎ、秘書に案内されて会長室の扉前に立つ。
思わず姿勢を正した。
「星川さんがいらっしゃいました。」
秘書の案内の向こうに、何やら話し声がした。
怪訝に思いつつ入室すると、応接セットの向こうに会長が掛けており、手前に別の人物がいた。
テーブルの上には既に資料が広げられている。
振り向くまでもなく、手前の人物は人事の権藤氏だった。
一瞬、自分は指定の時間に遅刻してしまったのかと思い、爪先から頭のてっぺんに突き抜けるようにカッと上気した。
「ああ、来てくれましたか。」
「どうした?星川。今日は定例報告の日だったのでね、先に別件を済ませたところだ。会長からご依頼の件についても報告したいと昨日連絡したところ、それならお前も同席してもらうのは早いということになってね。」
ああ、そういうことか。
新吉はホッとした。
勧められた椅子に腰をおろし、話の動向を見守ろうとした。
ここは、極めて重要な場になるだろう。
新吉は息を飲んだ。
「二人は同期なんだそうだね。」
会長が意外なことを言い出した。
この場でそのような話が出るとは思ってもみなかった新吉はしどもどして、はぁ、と間の抜けた声を出した。
「こいつはクソ真面目なだけが取り柄で、いつも熱くてね。」
権藤氏は可笑しそうに言う。会長とはいえずっと年下でもあり、日ごろから密な関係もあるようで、兄が弟に語りかけるような話し方だ。
「ほぉ。熱い、ですか。」
「そうそう。同期採用の中でも、私は多少扱いが違いましたからね、周囲の者はチヤホヤしたり、嫌味な視線を向けてみたり。ま、当然ですわ。でも、こいつだけは、終始一貫、同い年の男同士の付き合いをしようとしてくる。実は、私のほうが惚れ込んだようなものですよ。」
そんな話は今初めて聞いた。
確かに、権藤だからと特別に思ったことはなかった気がする。
自分と違って、天下の松重に乞われて入社したというから、どれほど優秀な人物かと興味は持った。
しかし、話してみれば何のことはない、気分の良い男だというだけだ。
それを、権藤の方ではそんなふうに思っていたのか。
「それより、会長。ご報告を申し上げます。」
権藤氏は笑顔を引っ込めた。
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