トコちゃんが3歳になった頃、男は何かと干渉してくる祖父母の存在に耐えられなくなった。
建ててもらった家を勝手に売り払い、隣の市へ引っ越した。もはや、何もできない妻の代わりに家事をすることにもうんざりしていた。
考え違いをしていて家事に価値を見出さないと言うなら、話し合いもできただろう。
家事ばかりではない。何一つ、自分の判断ではできないのだから、男手で娘を二人育てているようなものだ。
しかし、妻の場合、本人の努力ではいかんともしがたい。
そう思うとあまりにも重荷で、金に目がくらんで引き受けたこの結婚を後悔する以外なかった。
隣の市で借りたのは、木造の安アパートだった。
6軒ほど入る2階建てで、どの家にも貧しげな人たちが住んでいた。
一軒家を売り払ったのだから、相当の金が手に入ったはずだが、トコちゃんの母親には、そんなことは難しすぎた。
男にしてみれば、人目のあるところにこの母子を置いておくのが、せめてもの思いやりだという気がしたのだから、金を惜しんだつもりはなかった。
最近付き合い始めた若い女を連れ、男は逃げた。
1週間たっても、10日たっても、男は帰ってこなかった。
母子はたちまち生活に行き詰った。
飲まず食わずの母子の様子に気付いた近所の人が通報し、警察がかけつけた。
隣の市から、祖父母が呼ばれた。
娘を連れて帰ろうとしたが、娘は頑として聞き入れない。
夫が帰ってくるから待っているのだと言い張って譲らないのだ。
娘を溺愛する祖父母は、とうとう娘の言うことを飲んだ。
祖父母は、娘の家事能力を本当の姿よりもかなり高く見積もっていた。
育てる過程で一切何も教えなかったのだから、 何もできないのではないかという思考には至らなかった。
さらに、祖父母には祖父母で、娘を無理に連れて帰れない事情もあった。
食材をそろえ、日持ちのする菓子などを持ち込み、身辺を片付けてやると、そこまで言うのなら頑張りなさいねと言って帰って行った。
しかし、頑張りがたりなくてこうなっているわけではないので、時間の経過でたちまち元にもどる。
警察は、何度目かの通報に応じた時、児童相談所に連絡を入れた。
そこで初めて、トコちゃんは児相に一時保護された。
トコちゃんはそのまま一時保護と帰宅を何度か繰り返したが、この母親では、養育を続けるのは不可能だと判断された。
祖父母に引き取らせることも検討されたが、とうとう家業の生地工場が不渡りを出して倒産しており、債務の取り立てに追われていた。
児相が何度目かの連絡をとったとき、祖父母は行方が分からなくなっていた。
母親には民生委員がついて、生活の道を探っていくことになった。
トコちゃんは児童養護施設に措置が妥当とされた。
そして、もみの木学園にやってきたのだ。
もみの木学園での生活は、トコちゃんにとっては信じられない天国だった。
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