どれくらい経ったのだろう。
ミドリはお腹の下でもがくスミレに気付き、慌てて身を起こした。
頭と言わず、腰と言わず、ズキンと痛みが走った。
「ああっ!」
絶叫に近い、哲也の声がした。
「すまない。ごめん。こんなつもりじゃなかった。ひどいことをしてしまった。痛いだろう?ごめん、ごめん…」
哲也は泣きだした。
暴言は日々だったが、謝られたことは一度もなかった。
暴力を振るわれたのはこの日が初めてだったが、泣きながら謝り続ける哲也を見て、ミドリは何か救われたような気がした。
自分の痛みがこの人に通じたのか。
なんだか、許せるような気がした。
本当は激痛で、どこか骨が折れているのではないかと思うほどだったが、ミドリは笑顔を見せ、一緒に朝ご飯にしましょうと答えた。
哲也は嬉しそうに、久しぶりの笑顔を見せ、もう二度とこんなひどいことはしないと、何度も約束した。
ミドリはそんな哲也の誠意を信じた。
ミドリは知らなかったのだ。
DV(ドメスティック・バイオレンス)に陥った男性は必ず、暴力と許しを乞う低姿勢とを繰り返す。
その約束は守られることがない。
ただ、殴った時にストレスが解放されて高揚した気分になることと、自分がしていることをバラされないために、また、殴る相手を失わないために、卑屈なほど低姿勢になって謝るにすぎない。
いや、謝っている本人は心底反省し、二度と繰り返すまいと本気で誓っているのかもしれない。
しかし、その気持ちは長く続かない。
彼を暴力に駆り立てるストレスがなくならない限り、また暴力に訴えるのは時間の問題だ。
彼の脳は、その瞬間がいかに心地よいか、知ってしまっている。
麻薬のようなものだ。
謝罪を受け入れるということは、繰り返し繰り返し受け入れるということは、彼を麻薬漬けにするのと同じなのだ。どんどん深みにはまっていく。もう、自分からは抜け出せないほどに。
そして、同じ刺激に慣れてしまうと、もっと強い刺激がほしくなるのと同じで、暴力はエスカレートする。
こんな時、DVの被害者は同じようなことを考える。
今度こそ、この人は立ち直るのではないか。
今この人を見捨ててしまったら、この人は殺人事件でも起こすに違いない。
この人には私が必要なのだ。
私以外、この人を支えることはできないのだ。
今は耐える時だ。

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