癌ですよと言われても、大して驚きもせず、悲嘆もなかった私でありましたが、日がたつにつれ、ふと思い出す光景がありました。それは、横たわるお父様に寄りそうあなたの姿でした。私にとってその光景はあまりにも忌わしく、二度と思い出したくないもののはずでした。なのに、繰り返し繰り返し脳裏によみがえるようになりました。
悔いがないと言えばうそになりますが、惜しむほどの人生でもありませんでした。したいことはし尽くし、したいことはすでに叶わないことばかりでした。今更ややこしい治療を受ける気にもならず、このまま命が火が消えていくのを心穏やかに見つめているつもりでした。なのに、あの光景をまた思い出し続ける日々が来たのです。私は困惑しました。
それは、ある日の午後のことでした。
その日は朝から体がとてもだるくて起き上がれず、ずっとベッドに入ったままでした。私の病気を知らないメイドたちが、2時間おきに寝室を訪れ、そっと様子を覗いていきます。私は眠ったふりをしてやりすごしました。
このままこのメイドたちに看取られて死んでいくのだろうかと、ふと考えた時でした。腹の底から絞り出すような寂しさがこみ上げてきました。全身の肌を余さず震わすような激烈な感覚でした。私はいつも一人ではありませんでした。必ず誰かにかしずかれてきました。その時でさえ、誠一郎さんや後藤たちとの連絡は絶えずあり、病気のことは隠していましたが、寂しい境遇ではありませんでした。
けれど、気付いてしまったのです。
私はいつもいつも、ひとりぼっちでした。
本当は、いつもいつも、寂しかったのです。
お父様から、あなたが愛されたようなやり方で、愛されたかった。
それは、父が娘を愛するやり方を、望んでいたということです。
そんなことは、思いもしないことでしたが、今こそ気付きました。
寂しくて、寂しくて、誰かに気付いてほしかったのです。
でも、誰も気付いてくれません。人がいるから寂しいはずはないと思うのでしょう。
私は苛立ち、腹を立てました。意地を張り、強がりました。
それはなおさら、私を寂しくさせました。

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