「大丈夫ですか?」
夜の営業が終わった後、いつもの椅子に座って考え込んでいるおやじさんに、声をかけてみました。大丈夫なはずありませんが、何と言っていいかわからなかったのです。
「心配かけるね。」おやじさんは不安を隠せない性格のようです。
「あの、私、後藤さんから名刺をお預かりしたんです。もし大奥様に何かあったらすぐにお知らせするようにと言われて。お呼びしましょうか。」
「ああ、そうだね。後藤さんならかあさんとお母様がなぜあんな関係になったのか知っているかもしれないね。夜に申し訳ないが、来てもらおうか。」
私はすぐに後藤さんに連絡しました。後藤さんはあっという間にやってきました。
おやじさんが、出来事を説明すると、後藤さんは「やはり…」と俯いてしまいました。しばらく考えた後、静かに顔をあげた後藤さんは、長い独り語りを始めたのです。
「あれは、花亜様が中学生になったばかりの頃のことです。旦那様が病にお倒れになりました。白血病でした。今でこそ、治療できる病気になりましたが、当時は命取り。だんなさまはご自宅で療養するしかない状態でした。
花亜様にはお兄様がいらっしゃいます。誠一郎様とおっしゃいます。当時誠一郎様はロンドンに留学中で、ご本宅には大旦那様のほか、大奥様と花亜様、執事でありました私の父のほか数名の使用人がおりました。
大旦那様はそれはそれはお優しい方でした。私ども使用人にも、時折遊びにみえる総理大臣や皇室の方にも、同じように丁寧に接してくださいました。
私、子ども心にも、父の後を継ぎ、この方のためにお役に立つことを誇りに思っておりました。