Win-Win〜あなたも幸せ。私も幸せ。〜

今ここで生きていることを楽しむためのブログ

心の障害者

自分を育てなおす その4

 おはようございます。Hikariです。

 

 昨日から、本格的に貧血の治療を始めました。これから半月、毎日病院に通って、鉄剤の注射を受けます。半月で反応が悪い場合はもう半月。

 

 ちょっと大変だなと思いましたが、内科で何年もかかると言われた貧血治療が1ヶ月で終われるなら、頑張れる気がします。

 

 イスから立ち上がっただけでふらつく、歩き出すとよろける、ちょっと走ると息が切れて座り込み、階段を上がると頭が真っ白になる状態はあと1ヶ月!

 

 心電図検査では不整脈も出ていました。きっと少ないヘモグロビンでたくさんの酸素をあちこちに運ぼうと、心臓に負担がかかっているんでしょう。でも心臓さん、それもあと1ヶ月。

 

 がんばろうっと。

 

 それでは、「自分を育てなおす」の続きです。前3回をまだお読みでない方は、恐縮ですがそちらから先にお読みくださいませ。

 


 

 専門的に知れば知るほど、この命と体が、こんなに無事に今を迎えられていることが、どれほどの幸運と奇跡との結果であるかがわかります。


 そうまでして永らえさせていただいた命なら、どうにかしてお役に立てずにはいられないではありませんか!


 たぶん、今、私は人生の新たな選択に向けての過渡期にいるのだと思います。いろいろな出来事が「立ち止まってよく考えなさい、周囲をよく見回しなさい、あなたの周りには、あなたがまだ知らない世界が広がっていて、あなたも新たな世界にでかける用意ができているのですよ」と知らせてくれている気がしてなりません。


 現状にしがみつかないで、私は新たな世界に向かっていくことができるでしょうか。


 今度は、束縛することなしに、長い間のお友達でいられる人と、たくさん出会えるのかもしれません。


 
 今度は、やさしい言葉を信じて、自分からもやさしい言葉や思いを返せるような関係を築けるのかもしれません。
 


 今ここでもできるけど、今ここでないどこかでも、できるのかもしれません。


 弟子たちは、いずれ巣立っていきます。それぞれに与えられた場所で、それぞれの力を発揮して、人生を切り拓いていくことでしょう。


 彼らが行き詰った時には、泣いて帰ってくる安らぎの場所に、私はなれるのかもしれません。


 なれたら、いいな。


 守られ足りなかった傷ついた子供から、傷ついた人を守る大きな隠れ家へ。


 なりたいと、思います。

 

←Hikari応援団のみなさん!ありがとう! 

自分を育てなおす その3

 おはようございます。Hikariです。

 

 真夏の格好では、ちょっと肌寒いほどの朝になり、私はニンマリしています。

 

 今日はこれから、新しい病院に行くんです。行きたくないけど、行かなくちゃ。

 

 そうして、体調が悪くなる前よりもずっと健康になって、元気になって、年齢不相応に走れるようになっちゃったりしたいのだ!なんてね。

 

 だってあなた、スポーツの秋ですもの!

 

 それでは、「自分を育てなおす」の続きをおとどけします。

 


 

 もっとも信頼できるはずの人間=親を信頼できなかったツケは、人々が想像する以上に大きいのです。


 それは、とてつもなく孤独な人間を生み出します。


 私の絶対的な孤独感は、長い間癒えることがありませんでした。


 誰かがやさしい言葉をかけてくれても、心から素直にそれを信じることができませんでした。そんなことを言ったって、いずれこの人も私から離れていくに違いないとしか感じようがありませんでした。そうして、一度信じてしまうと、今度はその人を手放すまいと必死にしがみつきました。


 人は、しがみつくと逃げていきます。


 握りしめると、振り払われてしまうのです。


 そんなことも分からずに、長い長い間、苦痛な人間関係を際限なく繰り返してきたのです。誰だったイライラして、見捨てたくなるのは当然だったのです。その原因は私自身の振舞い方にあったのですから。


 そんな私でも見捨てずに連絡を取り続けてくれた、心やさしく辛抱強い少数の人々だけが、友人として残ってくれました。長い長い不義理を思うたびに、ありがたいなぁと思わずにはいられません。

  

 


 私にとって救いだったのは、この多少の言語能力と教師という仕事だったのだと、改めて思います。


 生徒の育成にどれほど密着型で熱中しても、多くの場合賞賛されることはあっても非難されることはありません。時として、自分の健康を犠牲にしても子どもたちの成長を最優先にしてきた時期の自分は、気づいてはいなかったけれど、虐待の後遺症を見せていただけだったんですね。


 後遺症であったとしても、自分にそれしかできない生き方を、肯定される環境の中で生きることができたということが、幸運だったと思うのです。


 また、ホームページやブログの形で、自分の経験や思いを言語化して発表するようになってから、もう10年ほどになります。立ち直りの最終段階と、このこととは時を同じくしています。


 そうして、今度は、虐待を受けた子どもたちを支援する側のプロとして(それがメインの仕事では全然ありませんが)こうして日々を過ごしているのですから、人は変われば変わるものです。

 

 だからこそ、思うのですよ。

 

 もう死にたくなるほど辛い時期を今過ごしているとしても、実はそこから抜け出す方法はあって、それを手助けできる人たちもいて、今日の延長線上ではない人生が、あなたのことをも待っているのだと。

 

 あきらめたり、そんなことはないと境界線を作ったら、それでおしまいだけど。

 

 諦める必要はないんだなぁ。

 

←毎日応援ありがとうございます! 

自分を育てなおす その2

 こんばんは。Hikariです。

 

 とうとう明日で8月も終わりですね。昨日、今日ととても涼しかったですね。私は、どうかこのまま涼しくなってください!と祈らずにはいられません。なぜなら、この2日間で、1ヶ月悩んだ蕁麻疹がだいぶ軽減したからなんです。やはり、汗をかいたまま8時間仕事を続けないとシャワーのあるおうちに帰れないというのは、病気の皮膚には辛かったようです。

 

 特に涼しい和室に布団を敷いて寝ていましたが、今夜は自分の寝室に戻ってみようかしら。

 

 さて。

 

 昨日の「自分を育てなおす」の続きを書きますね。

 

 少し重たい話題だと感じる方もいらっしゃるでしょうが、自分のことのように胸を痛めるのではなく、そういう人もいるんだなという知識を増やすためと思って読んでいただければ幸いです。

 

 私は大丈夫ですから。

 

 昨日の記事をまだお読みでない方は、お手数をおかけしますが、一日前に戻ってそちらを先にお読みくださいませ。

 


 

 誰かが。


 誰かがほんの少し手を貸してくれていたら、親から虐待を受けたなどという大きな心の傷でも、もっとずっと短い時間で、楽に乗り越えられたのですね。


 例えば、フラッシュバックの内容を聞いてくれて、「でもそれは今のことではなく、過去の記憶だから、大丈夫だよ」と言ってくれる人がいたら、私はものすごく安心したと思います。


 見捨てられ不安に襲われてイライラしているときに、「見捨てるのではないよ、あなたのことはちゃんと見ているよ」というメッセージを送ってくれる人がいたなら、どれほど安心したかしれません。


 些細なことでも自分の主張が通らないと精神的パニックに陥り、おそろしく攻撃的になってしまう時に、「今あなたが怒っているのは、今起きていることに対してではなく、あなたが軽視されたと感じたことに対してだよね。でも、それは違うよ」と、おだやかに説明してくれる人がいたなら、どれほど救われたでしょうか。


 そんな人がいたら、確かに5〜6年で、乗り越えられたかもしれないと思いました。


 そもそも、私に暴力をふるった人たちに「あなたのやり方以外にも、あなたの思いを伝える手段はあるのですよ」と話してくれる人がいたなら、やっぱり私は傷つかなくて済むか、もっともっと早い時期に立ち直れていたのではなかったでしょうか。


 知識ある誰かの、ほんのささやかな心遣いやサポートが、虐待を受けた子どもたちの将来を左右するんです。それも、10年単位で!

 

 少しまわりを見回してみてください。あなたのまわりには、そんなサポートを必要としている人がいないでしょうか。

 

 もしいたなら、どうかほんの少しでかまいません。その人に、「大丈夫だよ、あなたも幸せになれるよ」と伝えてあげてください。そうして、このブログの存在を教えてあげてください。

 

 私たちのささやかな言動で、その人の10年という時間を幸福色に塗り替えることができるかもしれないからです。

 

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自分を育てなおす その1

 こんばんは。Hikariです。


 体調がなかなか回復しなくて、更新が滞ってしまいます。楽しみに毎日いらしてくださっているみなさま、本当にごめんなさいね。でも、おかげさまで、歩くだけでフラフラという状態からは脱しつつあるようです。

 

 いただいているコメントへのお返事が遅れています。ごめんなさい。どうかもうしばらくお待ちください!

 

 


 今、これを職場の休み時間に書いています。さっきまで、弟子がパソコンを打っていて、その視線の向こうで私はミシンをかけていました。いまは、私が弟子のパソコンを借りてこれを打っていて、弟子が私の視線の向こうでミシンをかけています。


 楽しいなぁ、こういうの。ほんとうに。心から。

 

 

 

 今日、研修会で、幼児期に虐待を受けた人が成長後どのような精神的・行動的課題をもつかという話を聞きました。


 改めて専門家に教えていただかないでも、自分のことですので、「私に講演させてくれたら、リアルな事例を盛りだくさんにお話して差し上げますよ〜」と思いながら聴いていました。


 しばらく前まで、自分の状態をこうして客観的に聞かされるのは苦痛でしかありませんでした。知りたい、でも知りたくない。治したい、でも治したくない。私は悪くない、虐待をしたほうを治せばいいんだ。そんな戸惑いを、これを読みながら共有できる方がどれほどいるのでしょうか?できれば、あまりいないほうがいいなぁと思いつつ。


 専門家は言います。


 幼児期に虐待を受けた場合のPTSDとして本人がいちばん苦しむのはフラッシュバックです。(そうそう、そうなのよ。)それから、対人関係に重篤な問題を呈します。(そうそう、本当に苦労したわ。)具体的に言うと、抑圧的な人間関係か、密着型の人間関係しか結べなくなります。(そうそう、覚えがあるわ。)見捨てられ不安が強く、相手が少しでも気をそらすと、たちまち強い不安にかられてしまいます。(そうそう、それが原因で大喧嘩をしたことがあったっけ。)怒りの感情もものすごく強くて、自分でおかしいとわかっていてもコントロールできません。(そうなのよぉ。だから自分で自分が信用できなくなってしまうのよ。)


 ひとつひとつの説明に覚えがあり、思い出がよみがえります。


 あの感情はこういうことだったのかと、再認識することもありました。

 

 


 それにしても。


 こうして専門的に知れば知るほど、自分が今の状態でこうして健康に生きていることが(あんまり健康ではないかもしれないけど)奇跡のように思えてきます。


 今日のお話で一番ショックだったのは、「幼児期の虐待に関する問題の解決には長い時間がかかります。5〜6年か、それ以上か」という言葉でした。


 うそ!たった5〜6年でいいの!?


 だったら、暴力を受けなくなってから12年、その前の葛藤の時期を交えた30年ほども苦しみ続けたあの時間は、いったい何だったのでしょう?

 

 (あしたにつづく)

 

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きょうだいでもWin-Win 5

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 おかえりなさい!

 夕べは、病院を継がせたいと思っているCさんと、作家になるのが夢のDちゃんにどのようなアドバイスが可能か、というお話をしました。

 思いもよらなかった!という感想をいただきましたが、そこが狙いです。

 親子の間で何か揉め事が起きると、すぐに親が悪いとか子どもが悪いとかいう話になってしまいます。

 でも。そこを追及しても、なんにも解決しません。特に、当事者同士で「あんたがわるい!」と言い合っても、話しは進まないですよね。

 アドバイザーの役目は、そこに新しい光をもたらすこと、新しい風を吹き込むことです。そのためには、どちらかの味方をするのではなく、両方が納得できる可能性を提案することだと思っています。

 

 さて。
 今夜はEちゃんにはどのようなアドバイスが可能かを考えてみましょう。

 Eちゃんは小さい時から活動的で、典型的なアウトドア派。勉強なんか洟もひっかけず、学校から帰る前に散々遊んでくるくせに、帰宅一番カバンを放り出し、また遊びに行くような男の子でした。
 小学生からサッカーを始め、めきめきと上達して、中学からは地元のJリーグチームのユースに所属して活動していました。だから、高校ではサッカー部には入らず、ひたすらユースで活動していたのです。夢は当然Jリーガー。

 病院をDちゃんに継がせるあてがはずれて、CさんはEちゃんに継がせようと考えます。ところが、またまた嫌がられてしまいます。Dちゃんの自殺未遂がこたえていたCさんは、強くは言えないものの、やはり諦めきれませんでした。

 あなたがその時のEちゃんにアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか?

 Eちゃんは両親もきょうだいも大好きです。ただ、サッカーのことも大変愛しています。子どもの頃から勉強に熱心でなかったから、医学部に入るのは至難のワザです。その分、体力は抜群、小さい頃からのチームプレーで、人と協力することをとてもよく理解していて、うまくもありました。

 Hikariのアドバイスは明日書くことにしましょう。
 今夜はあなたが考えて、コメントしてくださいね!

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親子だってWin-Win 5

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 おかえりなさい!

 風が、秋の香りになりましたね。お気づきですか?
 それは実りの香りであり、命の交代の香りでもあります。

 

 さて。
 親子関係の話を続けています。昨日は、Cさんが自分の言うことを聞かずに家を出て行った子ども達のことを考えて、裏切られたと悩んだり苦しんだりしているのを止めるためには、どのような考え方をすればよいかというお話をしました。

 今夜は、Cさんの子どもであるDちゃんについて書いてみたいと思います。

 Dちゃんは勉強好き、読書好きのインドア派。学校での成績もよかったのです。Cさんは当然、Dちゃんが医学部に進学して病院を継いでくれるものと思っていました。ところが、Dちゃんは作家になるといって聞かず、もめた末に自殺未遂をしてしまいます。結局進学もやめてDちゃんは家を出てしまいました。

 この話を聞いたら、多くの人がCさんがよくなかったと考えると思います。

 CさんがDちゃんの希望をきいてあげればよかったのだと。

 でも、Hikariは、CさんがDちゃんの言うとおりに認めてあげても、このケースでは問題解決にはならなかったと思うのです。

 なぜなら、Cさんは、Dちゃんが夢を追うことを心からは認めていないからです。私は仕事もやめて子育てに人生を捧げたのに、なぜ報われなくて、あの子の夢は叶うのか、と腹が立つからです。

 このような状況ではDちゃんに異様なプレッシャーがかかります。

 まずは、自分は母親を悲しませる子どもであるという認識が自分を苦しめます。
 自分は母親に認めてもらえないという認識が自分を悲しませます。
 どうしても作家として大成しなければという目標が重荷になります。
 そして、うまくいかなければ「それみたことか」と言われ、うまくやれば「親不孝者」といわれる自分の人生に嫌気がさすでしょう。

 Dちゃんが、問題解決策に「自殺」という選択肢を入れてしまっていたのなら、それは、母親が作家になることを認めようと認めまいと、いずれ試されることだったろうと思うのです。

 親というのは、客観的には酷い親であっても、子どもにとっては認めて欲しくて誉めて欲しい相手なのです。それを忘れたアドバイスは、多分この問題の解決には結びつかない。

 一番いいのは、Cさんが考え方を根本的に変えて、Dちゃんのことをコントロール対象ではなく、一人の人格として対等に見られるようになることだと思います。

 でも、Cさんは、少なくても15年以上にわたって、子どもをコントロールするやり方で生きてきたのです。すぐに変われというのも難しい話でしょう。

 だから。
 もしもこのケースで、Hikariが進路でもめている時のDちゃんにアドバイスできる立場にあったのなら、きっとこんなことを言うと思います。


 あのね。
 あなたの考え方が古いのよ。
 作家になりたいから医学部には行かないですって?
 あなたいったい、誰に国語を習ったの?
 明治の文豪・森鴎外。
 現代のベストセラー作家・渡辺淳一。
 彼らの共通点はなんだかわかるでしょう。
 そう、彼らはお医者さんなのよ。
 つまりね、医者になることと作家になることは両立できるの。

 今は少子化の時代よ。
 これから、あなたのご両親方のように、
 子育てだけする、医者だけするなんて時代はもう終わったの。
 一人で何役もするのよ。
 そうしないと、この文明は維持していけないの。

 あなたが勉強嫌いで、大学にいける状態でないなら話しは別。
 でも、あなたは勉強も好きだし、医学部にいけるだけの実力もある。
 だったら、行きなさい、医学部。

 医学というのはね、命の真横にいるということなの。
 人間そのものを知るということなのよ。
 あなたがどんな小説を書こうとしているのかしらないけど、
 人間を描かない小説なんてあまりないわ。
 医学を知るということは、あなたの小説に必ずすばらしいものをもたらすわ。

 それにね。
 医学を学んでみて、やっぱり医者になるのが嫌なら、ならなければいい。
 私は医者になれとは言っていないのよ。
 医学部に行けって言っているの。
 医学部にいったところで、国家試験に受からなければ医者にはなれないんだしね。

 だいたい、あなたは作家になるというけれど、もう何か書いてみたの?
 もしもおじさんにならなければ作家として売れないなんて考えているのだとしたらとんでもない勘違いよ。
 この間直木賞とった人、何歳だったか知ってる?
 ネットはできるでしょう。
 「ほんなる」は知ってる?
 現代はね、コネがなくても、いい物は本になるのよ。
 今から書いて、どんどんネットで発表してごらんなさい。
 そうすれば、あなたは今から作家なの。
 なにをぐずぐず言い訳して先延ばししているの?
 それが本当に夢なら、今叶えなさい。
 まだ何もしていない夢を尊重しろと言ってもお母さんを説得できないのは、あなたがいちばんよく分かっているでしょう。

 あなたのお母さんの考え方は、確かにあまり誉められたものではないわ。
 よその家には、子どもが夢を持っていることを喜ぶお母さんが確かにいる。
 勝手に将来を押し付けたりせず、夢を応援してくれるお母さんが確かにいるわね。

 でもね、あなたのお母さんがそうではないからといって、あなたはお母さんを嫌いになれるの?
 まったく無視して傷つかずにいられるの?

 もし、傷つかないなら、自分の夢だけを追いなさい。
 応援ももらえないし、認めてももらえないけど、踏ん張りなさい。

 でも、今でも、心のどこかでお母さんを大事に思うなら、
 これだけは絶対に忘れないで欲しい。

 あなたは、幸せにならなくてはならないの。
 夢があるなら、追いかけなくてはならないの。

 あなたが年をとって、お母さんがおばあちゃんになった頃に、
お母さんに向かって
 「こんなの自分の人生ではなかった、責任をとれ!」って言っても、
 お母さんには何もできないのよ。
 ヘタしたら、謝ることさえできないかもしれないのよ。
 お母さんにとって、これ以上の不幸はないの。

 そんな不幸な思いをお母さんにさせないためには、今、ぶつかる必要があるの。

 だからといって、ただぶつかっても不愉快なだけよね。お互いに。

 そこで。考えて。
 あなたが幸せになるために「作家になる」という夢が大事なら、何があってもそれはけっして投げ出しちゃだめよ。死守するの。
 そのかわり、大学の学部選びはお母さんに譲ってあげたら?
 そして、おっしゃい。「医学部には行くけど、大学は自分で選びたい。」って。
 そうしてね、医学部だけじゃなくて、いい文学部もある大学を選びなさい。
 そうすれば、図書館も活用できるし、うまくしたら聴講もできるかも。
 ◇京大学とか○応大学とかね。

 それで、6年か、8年か、あなたがた親子には時間ができる。
 その間にあなたは作家に向けて邁進しなさい。あわよくば医者にもね。
 そうして、その間にゆっくり、お母さんを説得しなさいね。

 どう?お母さんとダラダラもめているより、
 小説書いたり受験勉強したりすることに、
時間を使いたくなってきたでしょう??

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相手を無条件に受け入れる 5

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 おかえりなさい!

 台風が近づいています。早朝、強い雨が降り出し、その音を聴きながらゆったりと眠っていました。雨の音は心を穏やかにしてくれる気がします。

 目が覚めた時、唐突に、ものすごい勢いで「朝の読書のブログを作ろう!」と思いました。お決まりの朝湯だけは1番に済ませましたが、淹れたてのコーヒー片手に朝食も後回しにして、起きてから2時間後には新しいブログを立ち上げ、最初の記事を投稿していました。(9月1日の分を移行したのですが。)

 アマゾンとのリンクを付けたい!でも、方法がわからない。

 探ること1時間でまったく画期的なサイトがあることを理解し、活用することができるようになりました。(それがG-Toolsです。)

 その過程でとっても面白い本棚を作る方法もみつけることができました。(それがBOOKLOGです。)

 こんなに素晴らしい技術を無料で公開している方がこんなにもたくさんいらっしゃるなんて!感謝感激です。どうもありがとうございます!

 何かをしようとすると、新しい世界が見えます。そこには諸手を広げて私を助けようと待ちかまえていた方がたくさんいらして、あっという間に未知の世界へ連れ出してくださるのです。

 よく、「ツイている」とか「ツキがある」とか言いますね。

 何がツイているんだろうと考えたことがありますか?

 Hikariは今日、それがはっきりわかりました。
 ツキって、どなたかの支援がツイてくるんですね

 

 さて。
 昨日の続きを書きましょう。

 子どものために仕事を辞めたAさんとCさん。なのに全然違う結果を手にすることになりました。その違いはなぜうまれたのか、という話でしたね。

 子ども達を救うには・・・というコメントもいただきましたが、話を整理するために、今日は親の方の話をします。子どもを救う話しは明日書きますね。

 それで。
 みなさんがお考えになったように、Cさんが子ども達の夢を認めてやったとしても、実はCさんは幸せにはならないのだと思います。そこの考え方や行動だけを変えても何も変わらないのです。

 子ども達が嬉々として自分の夢を追い始めたとき、Cさんはますます落ち込み、悩み、憎しみさえ感じるのです。なぜか。

 「私は子ども達のために人生をかけてきたというのに、なぜ報われないのか。なぜ私の希望はかなえられないのか」と思うからです。

 ここに、AさんとCさんの違いがあるのです。

 Aさんは、Bちゃんを大切に思っているから、Bちゃんが助けを必要としたときに、当たり前のように応えようとしましたね。そこには「条件」がなかった。Bちゃんが元気だから、いい子だから、私の夢を叶えてくれそうだからという、条件付けがなかったのです。

 Aさんの仕事の復帰具合から考えて、多分彼女は職場でも、そういう生き方をしていたのではないかと思われます。あの責任ある立場で、なぜ中1日で退職できたのか。多分、さまざまな仕事を多くの仲間と惜しみなく共有していたのではないでしょうか。だから、彼女がいないのはイタイけど、彼女にしかわからないことなんてなかった。そして、みんなが彼女の決断を応援したのでしょう。2ヶ月たって、彼女が当然のように復職を願えたのは、同僚を本当に愛していたからでしょう。そして、なんと元のポジションに戻れたというのは、2ヶ月間彼女の代わりのそのポジションを守った人物も、彼女がもどることに同意できる関係だったということですよね。職場のメンバーにとって、無条件に大事な人なのでしょう。
 それは、彼女が職場の人を無条件に大事にしていたからではないんでしょうか。

 一方Cさんは、言葉は「子どものため」と言っていますが、実は子どものためではなく、自分のことを中心に考えています。

 子どもの教育のために仕事をやめた・・・Cさんの場合は「子どもが医者になるための責任は自分にあるから仕事はやめよう。」と翻訳できませんか?

 CさんにとってDちゃんとEちゃんは、それぞれ人格を持った人間というよりも、自分の夢や希望を叶える道具(言葉がきついですが)なのです。だから、その希望を叶える範囲においては子ども達を認められるけれど、そうでない範囲に出てしまうと、もう許せなくなるのです。

 Cさんの目は、いつも自分に向いています。自分の責任、自分の夢、自分の苦しみ。そして、誰もが自分は間違っているとは思いませんから、そういう自分を正当化するために、自分と違う価値観を批判しなくてはならないのです。それ以外に、生きる道がみつからないのです。

 Cさんが本当に苦しみから逃れたいのなら、知るべきことはたった一つです。

 自分の夢は、子ども達の夢や、そのほかたくさんある夢と同じように、夢のひとつでしかない。
 自分の考えは、子ども達の考えや、そのほかにたくさんある考えと同じように、考えのひとつでしかない。
 自分の夢や考えだけが特別に叶えられなければならない条件・理由は、他の夢や考え同様、どこにもない。

 そうやって、自分の夢と子ども達の夢とを対等に見られるようになって初めて、彼女はやすらぐのです。子ども達が夢を追うのを認めた後で、自分も新しい夢をみていいことに気付くのです。彼女の過去は浪費でなかったと胸を張れるようになるのです。

 話が複雑になりましたね。

 親は、自分に都合のよい道具を作るためにいるのではありません。
 親というのは、なんとも素晴らしいことに、自分と同じような、人格と、夢と希望と、可能性を持った人間を育てるためにいるのです。

 そういう理解をもって、昨日の記事をもう一度読み直してみてください。
 きっと、新たな発見があると思います。

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あなたのためを思って

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 おかえりなさい。

 昨日の記事、「資産と負債、あなたはどっち?」に、福岡笑顔整体の院長さんからいただいたコメントにありました「子どものことを思って行動すると、自ずと資産に近づくのでは?」ということについて書きたいと思います。

 

 Aさんにはお子さんが二人いました。
 Bちゃんの方が、ちょっとしたきっかけで不調に陥り、、パニック症候群と診断されました。
 Bちゃんは、明朗で活動的なお子さんでしたが、その時を機に、外出はおろか、部屋から出ることもできなくなり、トイレもお風呂も食事も介助がいる状態になりました。
 服薬を始めましたが、医師は、治るとも治らないとも、治るとしてもそれがいつなのかも分からないと告げていました。

 Aさんは、名前を言えば誰でも知っているような大企業の本社で、責任あるポジションを任されているキャリアウーマンでした。ご主人も、同様に、責任あるポジションについておられ、職業人としては夫婦対等でした。

 二人は話し合いました。
 そして、Aさんは、診断の翌々日には辞表を提出し、自宅でBちゃんの介護を始めました。ご主人は、そういう家族をより一層力強く支えようと決意しました。

 だってね、あの時Bちゃんは私の助けが必要だったのよ。
 だから、できることを何でもしてあげようと思ったの。
 でもね、今だから言うことだけど、けっこう大変だったのよ〜。

 Bちゃんは、たった2ヶ月たらずで、医師が回復すると言えなかった状態から回復しました。そして、発病前の生活に戻っていったのです。

 それをしっかり見届けたAさんは、勤めていた会社に再就職を打診してみました。会社は、当然のことのようにAさんを再雇用しました。そうして、「元のポジションに」彼女を戻したのでした。


 Cさんも、お子さんが二人います。
 ご主人はお医者さんで、自分の病院をお持ちです。
 DちゃんとEちゃんの二人は、とっても仲良し。Dちゃんは読書好き、勉強好きで、インドア派。Eちゃんは運動が抜群に得意で、アウトドア派。

 Cさんも、ご主人も、ご自分たちの病院を二人のうちのどちらかに当然継がせるつもりでした。そのためには、子ども達に早くからしっかりした教育を受けさせたいと考えていて、CさんはDちゃんを妊娠したのを機に、看護師をやめていました。ご主人はCさんに子育てを任せて、仕事に没頭しました。

 ところが、Dちゃんは「作家になりたい」といい、医学部への進学を拒否しました。Eちゃんはプロっサッカー選手になるといって(実際、とあるJリーグチームのユースに所属して活躍していました)やはり医学部進学を拒否したのです。

 Cさんは怒り心頭。Dちゃんに読書を勧めたのは勉強が得意になるだろうと思ったから、Eちゃんにサッカーを勧めたのは丈夫なからだになるだろうと思ったからで、なにもそのプロにするためではありませんでした。

 Cさんは、必死でDちゃん・Eちゃんを説得しました。
 「あなたがたの将来のためを思って言っているのよ。医学部に行きなさい。」
 「お父さんのお気持ちを考えて御覧なさい。あなたがたに病院を譲りたいのよ。」
 「あなたがたはまだ子どもだから、ちゃんとした判断ができないのよ。」
 「この病院にどれだけ価値があるかわからないの?」
 「とにかく、お父さんとお母さんの言うとおりにしていれば、人生に間違いはないのよ。」
 「だいたい、作家になんかなれると思っているの?なれるはずないじゃないの。」
 「サッカー選手なんか特別な人しかなれないのよ。無理に決まっている。」
 「お母さんはあなたたちのためを思って、仕事もやめて一生懸命子育てをしたのよ。そのお母さんの言うことが聞けないの?」

 Dちゃんは、自殺をはかりました。未遂で命に別状はなかったものの、心に深い傷を負い、家を出てしまいました。
 Eちゃんは自分の夢が捨てきれず、やはり家を出て、一人で夢を追いかける道を選びました。

 Cさんは子ども達に裏切られたと思い、深く悩み苦しんでいます。


 Aさんも、Cさんも、不真面目なお母さんではありません。同じように仕事を辞めて子育ての時間を持ったというのに、この結果の違いはなぜ生まれたのだと思いますか?

 記事が長くなったので、ここで一度お休みしましょう。
 結果の違いについて、あなたの感想をコメントいただけるとうれしいです。

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子供の頃に好きだったこと 5

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 おかえりなさい。

 今日は住宅ローンの相談会に行ってきました。あれこれ考えて、質問したいことや交渉したいことがあったのですが、結局その相手では必要書類をもらうことと、過去の金利動向や、ケース別の可能性を多少聞けたくらいで、ちょっと拍子抜けしながら帰ってきました。

 う〜ん。あとは決断あるのみ、ってことかしら。

 

 ところで。
 電車で読むようにと、アルケミスト―夢を旅した少年を持っていきました。われながら驚くことに、まだ30ページほどしか読んでいません。1ページごとに引っかかる。刺激を受けて考え込んでしまう。なんですって!?それはどういうこと??と止まってしまいます。

 今日は読んでいるのがあの私鉄の中でしたので・・・あの私鉄は、私の体内リズムに「睡眠促進」と刻み込まれています・・・もともとあまり進むはずもなかったのです。そして、眠くなる前に読んだところに、「子供の頃は誰でも自分の運命を知っていて、それをやりたいと思っているものだ」と書いてあったのです。

 うとうとしながら、考えました。

 今まで、自分の育ち方からすると、子供の頃にも好きなことはしていなかったし、考えてもいなかったと感じていて、こういう文章に出会うと何か反抗心が芽生えていました。

 けれども。
 実は私も他の人と同じように、子供の頃には自分の進みたい道・成し遂げたい人生がはっきりと見えていたとしたら?いろいろあってそれを見失っただけだったとしたら?

 ハッとしました。

 あのハッと仕方は、そのインスピレーションがけっこう真相を突いている証拠だと思います。

 さてさて。
 私は子供の頃に何を考えたのだっけ。何を知っていたんだっけ?

 なんとまぁ。
 これから人生ますます面白くなりそうです。

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神様がくれた休暇 5

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 おかえりなさい。

 riseさんが、しまうまさんをHikariの応援団として遣わしてくださいました。Hikariとしまうまさんの関係は、今では知る人も少なくなった、深〜いご縁です。なんて静かな眼差しでしょう。riseさん、本当にありがとう!撮影してくださったご主人にもありがとう!!

 

 久しぶりにフォトリーディングをしない読書で、昨夜2時過ぎまでかかって「ブレイクスルー思考―人生変革のための現状突破法」を読み終えました。連続した読書の後というのは頭が冴えますよね。Hikariもぼんやりと考え事をしていました。

 たとえば、私を殴った人たちが、そのせいで40年この子が苦しむと知っていても、やはり殴ったのかしら?

 たとえば、私を殴るのを止められたはずの人たちが、自分に勇気がないせいで、この子がその後40年も苦しむと知っていても、やはり手をこまねいていたのかしら。

 今、自分のワガママや身勝手で子どもを殴ろうと腕を振り上げている人に、「あなたがその手を振り下ろすと、この子はこの先何十年も苦しむ傷を負うのよ」と教えてあげても、やっぱり殴るのかしら。

 あなたしかこの子を「笑顔ばかり見て暮らせる場所」に連れ出せる人はいないのに、そうしてあげないと、深い深い心の傷を負うのよ、と教えてあげても、やっぱり怒りや暴力の場所に子どもを置いておくのかしら??

 なんてことを考えていました。

 と、「ブレイクスルー思考―人生変革のための現状突破法 」の中の一節が強烈に蘇ってきました。

 あなたはまだ生きているのだから、人間らしく生きなくてはならないわ。さあ、立ち上がって!

 本当にそうだなぁと思いました。

 今大切なのは、過去のことや人の身の上ではなくて、自分や自分の周囲の人のことですよね。恐怖におびえて部屋の中で悩んでいるなんて、少しも「人間らしく」ないことだわ。

 そんなこんなで、眠ったのは午前4時ごろだったと思います。

 今朝、目覚めたのはなんと9時過ぎでした。平日なら、たとえ休みであっても6時台に目が覚めます。なのに!

 実は、今日は旅行の直後の予定だったので、休暇を入れていました。取り消して出勤するつもりだったのですが、いつもは起こしてくれる神様も寝ておいでとお思いだったのかと、感慨深く、この一日を神様がくださった休暇だ・・・と思いました。

 少しでも元気が出そうな、気分が変わりそうなことなら何でもしようと思いました。森田療法のことは野口さんから教わっていました。途中の感情は無視して、目的達成を第一義とすること。

 そうしたら、またまた思いもよらぬことに気付きました。

 平日、お休みを取ることがあっても、用事のためにとった休暇でない限り、外に出て自由に過ごすということがほとんどなかったと気づいたのです。絶対に知っている人に会わないほどの遠距離に脱出したことが少しありますが、そうではなくて、ご近所のデパートに買い物に行くとか映画に行くとか、したことがなかったのです。立派な休暇なのに。

 きっと、休暇をとることに罪悪感があったんですね。

 でも今日は神様のプレゼント。いままで平日の昼間にしてこなかったことをしてみようと思いました。

 まず、午前中からスーパー銭湯に行って、サウナで瞑想してきました。(私にとっては)驚くことに、たくさんのご婦人方が銭湯に来て、おしゃべりや肌磨きを楽しんでおられました。

 次に、髪を切りに行きました。髪を切るのも、たいがい、週末か平日5時過ぎにしか行っていませんでした。休暇があってもです。3時半ごろの美容室はとても空いていて、いつも大人気の美容師さんがカットをしてくれました。

 すごくドキドキしました。

 でもね。思ったんです。
 感じていることをそのまま感じていると思っていいとは、なんて素晴らしいことだろうって。なんて人間らしいことなんだろうって。

 ワクワクやドキドキが、昨日よりもずっと大きく感じられるような気がしました。高校生の時に「あなたは声を出して笑わないのね、振り向くと顔だけ笑っていて気持ち悪いときがあるよ。」と教えてくれた友人がいました。大学の途中で声を出して笑えるようになりましたが、自分の笑い声がたまらなく不自然に思えたものでした。

 でも、今日は、笑うのもドキドキするのもワクワクするのも、すごく自然なんですね。

 サウナやカットという目的は達成しました。途中、いろいろ恐怖も感じました。

 けれど。
 自分は今怖がっているなぁと認識していいというのは、なんて素敵なことでしょう。
 短い時間の中で、何かをキレイだなぁと思ったり、かわいいなぁと思ったり、怖くなったりホッとしたり・・・まるで波のようにいろいろな感情が湧き立っては引いていくのをずっと感じていました。

 普通の人は、こんなふうに毎日を感じていたのかなぁ。ずいぶん豊かだなぁ。これで平凡だなんてありえないなぁ、などと思いました。みなさんにとっては当たり前のことなのでしょうね。それにこんなに感動できるなんて、この人生だからこその賜物です。

 当分、こんなふうに、身のうちに起こる感情をいろいろと感じてみたいと思います。

 恐怖は不幸です。
 でも、恐怖を感じててはいけないと思って感じないのに比べたら、
 
何倍も幸せです。

 明日も豊かでありますように。
 あなたも私もしあわせでありますように。

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