Win-Win〜あなたも幸せ。私も幸せ。〜

今ここで生きていることを楽しむためのブログ

旅行

ライチョウに会ってきました!

 おかえりなさい。そして、私もただいま、です。

 

 金曜日に比べると30℃くらい気温が低い世界から帰ってきました。

 

 立山・室堂(むろどう)といえば、「雪の大谷」はご存知ですか?

 

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 雪が少なめだった今年は、それでも14メートルあったそうですが、見学に行った時には13メートルでした。

 

 12日にはこの青空だったのに、13日は強風と霰(あられ)で、公開中止。

 

 ちなみに、写真に写っているたくさんの観光客のほとんどが、台湾・中国・韓国からのお客様でした。雪が珍しいのか、ものすご〜いはしゃぎようで、みなさん有頂天の様子・・・。

 

 そうして、会いたかったライチョウさんは、その嵐の13日朝に会いました。

 

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 写真はクリアになるよう処理したのですが、本当は真っ白い空気の中、ハイマツの陰でじっと嵐を避けていました。

 

 このライチョウはメスです。ご主人が近くにいなかったので、独身なのでしょうか?からだの大きな立派なメスでしたが・・・。

 

 この冬は天候のせいか、死んでしまったライチョウがたくさんいたそうです。もしかしたら彼女の夫も、その中の一羽なのかもしれません。

 

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 すぐ近くに、つがいのライチョウもいました。手前の、目の上が赤くて背中が黒いのがオス。奥がメスです。

 

raityo200705133 このメスは賢くておもしろいライチョウさんでした。人の足跡が10センチくらいくぼんでいるところを好んで選び、すっぽりとうずまって嵐を避けていました。きっと「かまくら」の気分でしょうね

 

 

 実際の白い空気をそのままに写真を載せると、こんな感じです。わずか1メートル先に・・・・

 

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 う〜ん。まるい。じゃなくて、ステキ。今年もたくさん卵を産んで、元気な子を育ててね!7月にはまた会いに行くからね

 

 私の旅におつきあいいただいた気分は味わえたでしょうか?

 

 お持ち帰りの仕事も、一切合財放り出して行って来ましたが、とっても楽しく、気分が晴れやかでした。

 

 氷河期からずっと、厳しい自然を「敵」ではなくて「条件」として暮らしてきたライチョウたち。温暖化をも「条件」に変えていけるのでしょうか。

 

 私の「条件」たちに対しても、ライチョウのごとく、泰然自若でありたいものです。

 

←旅先での出来事はすべて思い通り!

 

沖縄おみやげ話 その3

 やった!ひさびさの早朝更新です。今日もおかえりなさい!!

 

 昨日お話した「十六穀ごはん」、冷めてしまったらやっぱりおいしくなくなるんだろうなと思っていました。

 

 でも、今朝試しに食べてみたら、あの色も、ほんのりとした甘さも、全然変わっていなくて、美味しいんですよ。

 

 これは、おにぎりにしてもイケそうですね。お弁当箱の中が華やかになりますよ。

 

 

 さて。

 

 ゴールデンウィーク前半の3連休は今日までですね。間の2日間もお休みで、9連休なんて方も多いのかしら。ちょっとうらやましいな。

 

 沖縄は、たくさんの観光客を迎えて、きっとにぎやかなことと思います。

 

 昨日、おとといと、沖縄のおみやげ話を書いてきましたが、今日はその最終回。沖縄の自然について書きましょう。

 

 初めて沖縄に行ったのは、もう13年前でしょうか。

 

 旅行計画をした人が、「どうしてもビーチサンダルがないと海岸には出られない」と騒ぐので、いったい何なんだと思ったものでした。

 

 実際に行ってみると、海岸=砂浜のイメージとは程遠く、石ですらなく、珊瑚(サンゴ)の折れたものでびっしりと埋まっているのでした。

 

 どこまで掘ったら砂が出てくるかと、掘ってみましたが、どこまでも珊瑚。

 

 はだしで歩いたら足が切れそうでした。

 

 前回行ったのは7年前ですが、その時も、珊瑚の海岸だったのです。

 

 それが、今回は、白い砂。

 

 あれ?

 

 ここだけかな。

 

 でも、バスで移動する間も、見えるのは白い砂の海岸ばかりです。

 

 とても不思議に思って、海でお仕事をしている方に聞いてみました。

 

 3年ほど前くらいまでに、海水温の上昇などで、サンゴの白化現象がみられたこと。

 

 農薬や赤土が海に流れ込んで、サンゴが生きていけなくなったこと。

 

 でも、死んでしまったサンゴが増えたなら、海岸に打ち上げられるサンゴも増えたのでは?

 

 怪訝に思っていると、観光ボートの船長さんが言いました。

 

 「海岸のサンゴはね、観光客がみんな拾っていっちまった。サンゴの数より人の数のほうが多いんだよ。」

 

 これには驚きました。

 

 驚きましたが、確かに私も、サンゴが珍しくて拾って持ち帰ったひとりです。

 

 一人一人がすることは、ほんの小さなことかもしれない。

 

 でも、その一人一人が長年にわたって集まったときに何が起きるのか。

 

 環境問題と言うのはすべて、このようにして起きるのだということを、まのあたりにした思いでした。

 

 実際のところ、なぜ海岸に珊瑚がなくなってしまったのか、今回私が訪れた海だけのことなのか、他もそうなのか、よくわかりません。

 

 でも、私たちを取り巻く環境を考えるためには充分なきっかけをいただきました。

 

 沖縄の海には、私の大好きなジュゴンも住んでいます。

 

 何かしたいと思いました。

 

 私も参加しているWWFでは、珊瑚の保全やジュゴンの保護活動をしていたはず。

 http://www.wwf.or.jp/activity/wildlife/dugong/index.htm

 

 自分の頑固な殻には、保全より破壊を。

 自然については、破壊よりも保全を。

 

←み〜んなみんな、ありがとう! 

 

 

 

沖縄おみやげ話 その2

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 今日もおかえりなさい。

 

 沖縄の旅にばたばたして全然気がついていませんでしたが、ゴールデンウイークに入ったんですね。

 

 私は旅の疲れを癒すべく、昨日、今日、明日も家にいる予定ですが、あなたの予定はいかがでしょう。今もどこか旅の空の下でしょうか。

 

 日ごろの疲れを癒したいという気持ちを形にするべく、面白いご飯を炊いてみました。

 

 「十六穀ごはん」です。

 

 2合のお米に小分けの一袋に入った十六穀と水60ccを入れて炊くだけ。とっても簡単。

 

 キレイに色づいて炊き上がったご飯は、栄養価もさることながら、単純な言葉では表現できないような、複雑な味と食感のごはんになりました。

 

 これは、食育にとってもいいと思いますね。疲れが癒えたかどうかは、明日を待ちましょう!!

 

 

 さて。

 

 沖縄おみやげ話の第2回目は、ステキな二つの出会いについて。

 

 いえいえ、誤解のないように。好みの殿方にお誘いを受けたなんて方向には一切まったく進みませんので。

 

 一つ目の出会いは、ホテルのエレベーターの中ででした。

 

 遅い時間にようやく大浴場でお風呂を済ませ、部屋に戻ろうとエレベーターに乗ったときでした。20代と思われる、日焼けをした、ちょっと長い髪の男性と一緒になりました。

 

 「沖縄を楽しめていますか?」

 

 背中を向けている私に話しかけてきた声は、沖縄言葉のイントネーションでした。

 

 「はい、とても。」

 「それはよかった!いつ帰るんですか?」

 「明日には。」

 「そうですか。たくさん楽しんでいってくださいね。」

 「ありがとうございます。」

 

 エレベーターを先に降りたのは私のほうでした。男性は、爽やかな笑顔で会釈していました。

 

 一期一会とはよく言ったもので、この方とはその後とうとう一度も会いませんでした。というよりも、もう一度お会いしても、この方かどうかわからなかったでしょう。

 

 どこから来たのですか?

 旅の目的は何ですか?

 お連れの方は?

 

 そんな質問を受けていたとしたら、私は多分曖昧な笑顔を浮かべて、答えなかったと思います。でも、そんなことは一切聞かれませんでした。

 

 沖縄を楽しめていますか?

 

 沖縄を愛していて、その気持ちをここにいるこの人にも味わってほしいなと思う。そんな雰囲気が、ふうわりと漂っていました。

 

 翌日、ガイドさんからこんな話を聞きました。

 

 沖縄では、出会った人というのは皆、ご先祖様が引き合わせてくださったご縁のある方だと思って、大切にするんですよ。

 

 なるほど!

 

 真夜中のエレベーターに同乗するなんて、確かにご縁があってのことですよね。私はいい加減な返事をしなかったことに、ほっとしました。そして、この男性のように、心からの歓迎を表現できる人間になりたいものだと思いました。

 

 ステキだな、沖縄。

 

 もうひとつのステキな出会いは、とある観光スポットででした。

 

 明らかに沖縄のお名前と分かるネームプレートをした老人が、私の肩をとんとんとたたきました。

 

 そうして、耳元に顔を寄せると、こんなことを言いました。

 

 「かわいそうだよなぁ。オレは同じ人間として、こういう子どもを見るとかわいそうでならないんだ。」

 

 彼の視線の先には、ダウン症の少年がいました。

 

 若い頃の私なら、この老人の言葉を聞いて、1秒後にはプツンと切れていたでしょう。

 

 障がいがあったって同じ人間。かわいそうって何?その哀れみは何??

 

 でも、この時、私はドキリと胸が高鳴っただけで、不思議と怒りが湧きませんでした。

 

 なぜなら、言い終わるが早いか、老人は少年のところに行って、少年に話しかけ始めたからです。

 

 ごく普通に語りかけ、少年が興味を持つようにと工夫をし始めました。

 

 「ほら、これはどうだ。おもしろいか?おもしろいだろう?」

 

 少年はニコニコして、老人を見上げていました。

 

 かわいそうだな。

 

 その言葉は、老人が自分の生をいかに肯定しているかを物語っていました。そうして、それを行動で示すことを、老人は私に教えてくれました。

 

 世の中には、かわいそうだと哀れむ人がいるのと同じくらい、哀れむなんて失礼だと声をあげて怒ってくれる人もいます。

 

 でも、私は今、動機は何でもいいと思うようになりました。

 

 かわいそうだからでも、対等だからでも、そんなことはどうでもいい。言葉の立派さはなくてもいい。ただ行動で相手を喜ばせようとすることが、ずっと尊いのではないか。

 

 私の胸に深い思いを残して、老人は手を振りながら去っていきました。

 

 

 沖縄にはこれで4度目の訪問になるでしょうか。

 以前沖縄で体験したことは、「私は沖縄に命を教わった」や「沖縄に学ぶ多様性と許し」の記事に書いたことがありましたね。

 

 いつもいつも、沖縄は私に何かとても大切なことを感じさせ、体験させてくれます。

 

 明日は、沖縄の自然についてお話しましょうね。

 

←み〜んなみんな、ありがとう! 

楽しかったなぁ

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 ただいまです。

 夕べ、予定よりも1時間遅く帰宅しました。飛行機が遅れた理由は、着陸空港付近の雷雨で、離陸が時間通りにできなくなって、折り返す飛行機の手配がつかなくなったからのようでした。

 イギリスのテロ未遂の影響を受けて、国内便でも往きとはまったくちがう厳重な荷物チェックがありました。ニュースで言っていた、「日本だけが持っている、使われていない爆発物入りペットボトル検査装置」が使われているところを見ました。

 まぁ、無事に帰宅できてよかったです。

 今回も楽しい旅行でした。

 あれやこれやと気持ちが浮き立っているので、「声」の出番もなかったようです。いくら心を落ち着けたつもりでも、まったく聞こえてこないのでした。

 それでも、不思議な出来事はあって、やっぱり生きているということはそのまま学びなんだなと思いました。それは追々記事にしたいと考えています。

 世の中は、お盆休みに入りましたね。

 みなさんもおでかけのようで、昨日のこのブログの読者数は通常の半分以下でした。ランキングも暴落。

 一足はやくお休みをいただいたので、一足お先に日常にもどって、ちょっと人が少なくなった都会で、静かなお盆を過ごそうと思います。

 それでは皆さんも楽しい休暇をお過ごしください!

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雄山神社のアファメーション

 こんばんは!

 今日も暑かった〜

 お昼ぐらいまでは家にいたのですが、あまりに暑くてたまらず、髪を切ってさっぱりしようと美容院へでかけました。

 帰宅してみると閉め切った家の中が涼しいほどに感じます。ここでひとりでエアコンかけるのも不経済だと思い、マンション共用私設のライブラリへ。けっこうたくさんの男性ばかりが本を読んだりお仕事したりされている中で、専門分野の本を7冊積み上げて、2時間で片っ端からフォトリーディング。これ、ダイレクト・ラーニングといいます。気合入った〜

  

 さて。今日ふたつめの記事です。

 今日で、立山の旅行のお話しをまとめようと思います。

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 雄山の山頂にようやくたどりつき、お参りをしました。Hikariは神社がとっても好きで、どちらでも、あれば手を合わせてくるのですが、こちらは格別の感覚でした。

DSCF1475 標高3003メートル、嵐の中だったので、夏だというのに手がかじかんで、顔の表面がしもやけ状態になりました。

 寒かった〜。

 危険もあったけど、本当に登ってよかったと思っています。ひとり500円。山頂のお社におまいりする前に、御祓いをしていただいたんです。

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 すると、こんなお札をいただきました。

 この、鈴がついた赤いほうの裏側に素晴らしいアファメーションが書いてあったのです。

 それをご紹介して、立山のしめくくりにしたいと思います。

私は今、日本三霊山立山の頂上に立った。一万尺巌頭の神庭に相対するものは神と私だけである。心眼に見ゆるものは全て神の光、心耳に聞ゆるものは全て神の声。神は私以外の何者にも与えない大いなる使命を私に与えている。私は神の子として私一人の尊い人生を力強く生きよう。今、天地合掌の立山頂上に立って私は固く心に誓った。

 ああ、本当に、私もそう思いました。

 晴れ渡っていたらなおさらそう感じたことでしょう。

 けれど、あの大雨だったら、ほんのひとときではありましたが、あの山頂を独り占めできたのです。

 私一人の尊い人生を力強く生きよう。

 そう、しましょうね。

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ラッコを愛しているいくつかの理由

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 おはようございます。

 昨日は暑かったですね。体温なみの気温。外に出ていたら、一日中お風呂に入っているかのような気温だったということです。お仕事が外の方は本当につらかったことでしょう。どうかお体、大事になさってください。

   

 今日も二つの記事を書こうと思っています。これが一つ目です。

 

 ラッコが好きです。

 手放しで好きです。

 もしかしたら自分の前世はラッコだったのではないかと思うくらい好きです。

 ホームページのプロフィールに、「私はラッコ星人だ」と書くくらい好きです。

 何回見ても好きです。

 これはもう、愛だな。


 立山の帰りに、のとじま水族館に行きました。

 水族館なら何でも好きかというとそうでもなくて、ラッコが飼育されている水族館ばかり選んで回ります。

 日本中回ります。

 ラッコが飼育されている水族館で、まだ行っていないのは、大阪海遊館須磨海浜水族館(この二つは10月に行きます)、マリンワールド海の中道(多分年内に行きます)、いおワールドかごしま水族館だけになりました。へへん。

 日本には一ヶ所だけ、野生のラッコが住んでいる所があります。襟裳岬です。そこへは、8月中旬に行きます。(観察できるかどうかは運次第ですが。)


 どうしてこんなにラッコが好きなんだろうと考えてしまいました。

 丸いから。

 かわいいから。

 貝を腹の上で割るから。

 手足が短いから。

 上手に背泳ぎするから。

 年をとると真っ白になるから。

 やわらかそうな毛がふさふさしているから。

 必死で毛づくろいをするから。

 夫婦仲良しだから。

 子どもをうんとかわいがるから。


 ああ、わかった。ラッコもつまり、見ているだけで感動するんだな。

 れっきとした哺乳類で、イタチなわけです。ほかの種の多くが陸へ上がっていったのに、ラッコは最後まで海に残って、海にいついてしまったんですね。

 多分、果敢に陸にチャレンジした固体もいたでしょう。陸の食べ物を食べてみたのもいたに違いない。

 でも、チャレンジャーたちは生き延びられなかった。

 残ったラッコは、海の上にぷかぷか浮かんで、体重の1/6とかいう大量の餌を食べるか、毛の間に空気を入れて沈まないようにするために必死で毛づくろいするか(べつに痒くてかいているんじゃないぞ)、疲れて眠るか、仲間とちょっとじゃれるか。それで一日の大半がすぎていく。

 なんという、シンプルライフ。

 モタモタしているうちに陸には行きそびれたけど、それがどーした!の腹を括った生き方。

 いいなぁ、ラッコ。

 すばらしいなぁ、ラッコ。

 ほんとはね、そっと近づいて抱きしめてみたい。握手してみたい。チュなんてしてみたい。でも、それはダメなんだな。ラッコの毛に人間の脂なんぞついてしまったら、毛に空気をはらまなくなってたちまち沈んでしまうか、からだが冷えてしまうかして、ラッコは生きていけないんだ・・・残念。

 で、のとじま水族館のラッコたちをホームページに載せました。

 ぜひ、ご覧になってください。

 ど〜しても見てください。

 だって、大好きなんだもん!

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私がライチョウを愛しているいくつかの理由

 

 

 

 

 

 

 

 おはようございます。

 夕べ、早朝に山に向かうくまさんの早寝を邪魔しないよう、私も9時にはベッドに入ってしまったのですが、11時ごろ、「手」に揺り起こされるような気がして目が覚めました。

 ふらふらとリビングの窓から空を見ると、向こうの林の木すれすれのところに、真っ赤で大きな半月が出ていました。

 あんなに赤い半月を見たのは初めてでした。ここが7階でなかったら、木の陰になってきっと見えなかったでしょう。

 「起こしてくれて、ありがとう。」と、「手」に感謝しました。

   

 今日は二つの記事を書きたいと思っているんですよ。その1つ目。

 

 ライチョウが好きです。

 手放しに好きです。

 何回見ても好きです。

 もう、これは愛ですね。


 どうしてこんなに好きなんだろう?と考えてしまいました。

 丸いから。

 人を怖がらないで寄ってくるから。

 体の色が変わるから。

 恐竜みたいだから。

 カッコいいから。


 ああ、わかった。

 つまり、感動するんですよ、その生き方に。

 あんな、まるっとヒョウキンな体つきをして、太古の昔からあんな姿で生き延びてきたんですね。

 2400メートルの高山にしか住んでいないのは、そこが住みやすいからではなさそうです。別に雪や寒さが好きなのでもなさそうです。

 ただ地球が冷たかった時代がだんだん終わっていくときに、いつも食べていたピンクや白のお花が咲くほうを追いかけていっただけなのに、気がついてみたらその花は、高いお山でしか咲けなくなっていて、あれれ?住む場所が狭くなっちゃったよ、ということのようです。

 多分、果敢に下山チャレンジした固体もいたでしょう。きっと、ほかの食べ物に挑戦したのもいたはずです。でも、チャレンジャーは生き延びられなかった。

 昔ながらのピンクや白のお花を食べて、昔ながらの豪雪に耐え、昔ながらの天敵・オコジョや鷲におびえ、なのに、人は怖くなくて、まるまるしながら飄々と生きている。

 いいなぁ、ライチョウ。
 すごいなぁ、ライチョウ。

 立山旅行で出会ったライチョウさんたちの写真をホームページに載せました。

 ぜひご覧になってください。

 ど〜しても見てほしいんです。

 だって、大好きなんだもん!

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人との出会いとシンクロニシティ

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 おはようございます!

 だんだん夏らしくなってきましたね。

 私が子どもの頃、同じこの街で、暑いといっても30℃なんて滅多になくて、早起きすればひんやりと涼しかったし、日が落ちて2〜3時間もしたら涼しい風が吹いたものでした。昨日・一昨日あたりはそんな感じでした。なんだか、懐かしくなりました。

   

 さて。

 立山の旅ではみくりが池温泉雷鳥荘と2泊しました。

 雷鳥荘に連泊するのが希望だったのですが、1泊目は満室で、2泊目だけがとれました。

 そこで、だめでもともとと、日本の秘湯を守る会の宿でもある、みくりが池温泉に連絡をしてみると、相部屋ながら宿泊が可能とのことで、大喜びで予約をしました。

 室堂から見ると、みくりが池温泉のほうが近く、雷鳥荘が奥にあります。

 どちらも、山小屋です。信じられないくらいきれいだけど山小屋です。だから、ホテルのようなサービスはありませんし、会席料理なんか出やしません。でも、もとからそのようなものはまったく望んでいない我が家にとっては、とても居心地のいい宿なのです。

 どちらも、夕食は大きな食堂に行って部屋番号を言うと、ズラ〜ッと食事が並んでいる長机に隙間ができないよう、係の方が誘導してくれます。

 1泊目の夕食で、ようやく頭痛薬が効き始めて食欲が出てきた私はおなかが空いてしまって、くまさんを急かすようにして食堂に向かいました。

 私たちのすぐ後に誘導されてきたのは、60歳すぎの白髪がちなご主人と、50代半ばくらいに見える奥様でした。ご夫婦二人での登山のようです。

 我が家はこんなとき、あまり騒ぐのは好きではないんです。二人で会話はしますが、周囲の人に次々に声をかけるタイプではまったくありません。

 みくりが池温泉では、セットされた食事以外に、いくつかの一品料理を注文することができます。我が家は相談の上、「げんげのから揚げ」というのを注文し、それを肴にいつもの赤ワインです。

 お隣のご夫婦は、「ホタルイカのしょうゆ漬け」のようなものと、もう一品何かを注文して、おいしそうにビールを飲んでおられました。

 不思議なことに、左隣に座ったそのご夫婦のことはとてもよく視界に入っていたのに、右隣の方はまったく記憶にありません。

 と、お隣のご主人が、まったく食が進まないのです。あれは食べない、これは食べないと言っています。体調が悪いのではなくて偏食のようでした。

 奥様が、「わがままなんだからっ!」と言っています。ご主人がこれはおいしかったと、ホタルイカを追加注文するというので、奥様が「だったら私にげんげを頼んで!」私を見て、「だって、おいしそうなんだもの〜!」と微笑まれました。

 確かに、うちは二人ともこのげんげのから揚げがとても気に入って、おいしいね、おいしいねといいながら食べていました。体調がイマイチだった私には、蕁麻疹の原因になるので食べられなかったお刺身や焼き魚をくまさんにあげたので、くまさんが最後に残ったげんげを私にくれました。「こんなおいしいものは半分こしようよ」というと、「あなたのおかずが少なくなっちゃったから食べなさい」といいます。ありがたくいただきました。

 お隣のご夫婦は、このやりとりを聞いていたようです。げんげがやってくると、奥様はご自分の手元に3本だけ残して、あとをごっそりと私たちにくださいました。

 びっくりして、そちらで召し上がってください、というと、ご主人が「げんげって、もと(料理される前)はどんな魚ですか?」といいます。くまさんが説明すると、」「あ〜わたしね、うなぎ系の魚はだめなんです。」とおっしゃる。うなぎと味が違いますよ、おいしいですよと何度お勧めしても、「だめっ!」といって召し上がりませんでした。

 では、奥様がもっと召し上がったらいいでしょう、というと、夜は油物を控えているとのこと。でも、あんまりおいしそうだったから食べたくなったのよと、「ほんとにおいしいわね〜」うれしそうに召し上がっていました。

 私たちは遠慮なく、いただくことにしました。5本もいただいたので、2本ずつ食べて、福がいっぱいありそうな最後の1本は、さっきのお返しにくまさんにあげることにしました。

 「おいしいのにね〜〜♪」と、二人でご主人のほうを見ると、ご主人は「ごめんなさい。」と、叱られた子どものようにうなだれました。奥様がそれをみて大笑いしています。つられてご主人も笑って、なんだか楽しい食卓になったのです。

 お先にと私たちが席を立って、それきりお会いすることもなく、二日目は大雨の中を登山したわけですが、2泊目の宿である雷鳥荘に着いて、ずぶ濡れのレインウエアなどを乾燥室に干しにいこうとしました。

 すると、ザックカバーがどうしても、どうしても取れないんです。前の日はこんなに苦労しませんでした。10分以上も格闘したでしょうか。くまさんは自分の物を干し終わって、「あなたまだそんなことしているんですか?」と険しい声。ようやくはずれて、ため息つきつつ乾燥室に向かうと、脇に、見覚えのある女性が立っていました。あれ?と思いましたが、こんなところで知人に会うはずもなく、深く考えずに乾燥室のドアに手をかけました。すると、内側からドアを開けた方がいて、びっくりして見ると、なんと夕べのご主人ではありませんか!

 「ああぁっ!」二人で大きな声を出してしまいました。ご主人がすぐに奥様を呼んで、やっぱりあの見覚えのある女性は奥様だったんだと、感動しました。

 なんと、おふたりも同じ時間、同じ山に登っていたのです。風が強すぎてお互い周囲に注意が向かなかったのでしょう。

 そして、我が家と同じような経緯で、雷鳥荘に連泊ができなくて、別の山小屋に予約がしてあったのだけど、天候が悪くて行き着かず、やむなくみくりが池温泉に泊まられたのだそうです。

 くまさんにそのことを話すと、とても驚いていました。

 すばらしい展望風呂を満喫して、5:20からという夕食の席に向かいました。

 前の晩と同じように、係の方が隙間ができないよう誘導してくれます。

 5分ほどして、隣の方が案内されてきました。ふと見ると、なんとまぁ、あのご夫婦です

 これには本当に驚きました。

 ご夫婦も大変感動されて、わたしたちのために、ワインを注文してくださり、4人で乾杯しました。前の晩とは違って、最初からあれこれとお話をしました。今までで一番後悔しかったこと、一番怖かったこと、そんなお話を聞かせてくださるのです。子育てのこと、夫婦でする活動のこと、家庭での生活のこと…60歳をすぎてからの体のこと。(なんと、奥様は10歳も若く見えていたようです!)

 奥様は、夕べのビールが久しぶりで、とおっしゃりながら、生ビールを2杯とワインも、本当に楽しそうに召し上がっていました。

 ご主人は、食事前には「これも、これも食べられないよ」とおっしゃっていたのに、驚いたことに終わってみたらお皿がすべてからっぽでした!そして、「いやぁ、こんなにおいしい食事はいつぐらいぶりだろう?孫に会ったときよりうれしい!」とおっしゃっていました。

 シンクロニシティ〜意味のある偶然の出会い〜には、必ず深いメッセージがあるはずです。

 私はそれを、注意深く探っていました。

 最初に分かったのは、この出会いの場合、私たちの存在がこのご夫婦にとってより多くのプレゼントになっているということでした。お二人だけではもはや食事の味も変わるほど退屈してしまっているところに、ほどよいスパイスになるために選ばれたようでした。

 そうして、私にとっては、彼らが話してくれたさまざまな経験談〜それも、後悔していることや反省していること、失敗したことなど〜が、ものすごく興味深く、知りたいと思っても知るすべがなかった答えを得たのでした。

 そう・・・ご主人は、奥様が人生最大の悔いとして話してくださったことについて、自分もとても反省していて、ほんとうは奥様の言うとおりにしたらよかったと後で気づいたのに、今日まで口に出しては言えなかったんだよと、告白されたのです。それを聞いた奥様が目をうるませていたことに、私は気づいてしまいました。

 40年も抱えられた痛みが癒される瞬間に、私は立ち会うことができたのです。ある方が私に備わっていると教えてくださった得がたい性質が本当にあるのだということを、身を持って確認する機会となったのです。

 もしも、最初の晩にげんげのから揚げを注文していなかったら・・・もしも雄山に登っていなかったら・・・もしもザックカバーがすぐはずれていたら・・・もしも食事に行く時間がほんの少しずれていたら・・・もしも宿が希望通りにとれていたら・・・あらゆる可能性が不思議に絡まって実現したこの出会い。

 住所も名前も確認しあうことなく、一期一会でしたが、深い深い感動を伝えてくれた出来事でした。

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失敗を話すだけでボランティアになる

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 おはようございます!

 何日ぶりかで、ちゃんと朝の更新です!あ〜、いい気分

 ところで。左側のサイドバーに、メールフォームというのをつけました。親友が第一号のメールをくれたおかげで、このフォームがちゃんと使えることは実証済みです。250文字しか打てませんし、一度送信すると次は5分待たなくてはならないので、長いお話はお受けできませんが、コメント欄ではちょっと…とためらわれたときにでも、ご活用くださいませ。

   

 さて。今日は「失敗」についてのお話です。

 かつて、若気の至りも含めさまざまな失敗を続けていた頃、私はなんとかその失敗を隠そうと必死になっていたことがありました。

 隠せないなら、失敗を成功に逆転してやろうと躍起になりました。

 逆転は難しいと判明すると、今度は失敗から目を背けてなかったことにしてしまおうとしました。

 それも難しいとなると、「平気だもん。気にしてないもん。」と虚勢を張ることで、なんとか気持ちを引き立てようとしたものでした。

 今から思えば、そんなふうにして守ろうとしていたものは一体なんだったのでしょう?メンツ?自尊心?どちらにしても大したものではなかったという気がします。

 ですが、その時のさまざまな抵抗活動(!)が、人生の意味を知りたいと思ったり、物事の本質を深く探りたいと思ったりすることのきっかけになったのは間違いありません。

 そう思えば、見苦しい悪あがきも、まぁ、悪くもなかったと思えてきます。


 人生の途中から、失敗との関係が変わっていきました。

 ホームページを開設して、日記を公開し始めたことが、その変化に拍車をかけました。

 とにかく波乱の人生を見つめなおそうと、起きたことを綴っていった中に、いろいろな、私自身も気づいていないような考え違いや見落とし、勘違いが含まれていました。

 それを指摘して下さる方があって、なるほどと思考を変える契機になりました。

 それで、なおさら失敗を公開することに抵抗がなくなっていったのですが、そのうち、私の失敗談を読んで勇気をもらった、あらたな気持ちに慣れたというご連絡をいただくことが増えてきました。

 そうか、私の失敗はそんなふうに役に立つんだと知って、ますます失敗を表現することに前向きになりました。


 そんな失敗するなんてと、嘲笑する人が出てくるかもしれませんが、そんなことは言わせておけばいいのです。その人が嘲笑したからといって、その失敗そのものがさらに悪いものに変わるわけでもありません。もしさらに悪いものに変わった気がしたなら、それはあなたの受け止め方の癖が、失敗を大きくしてしまったということです。このことは、いずれ別の機会に記事にしたいと思います。

 耳を貸すべきは、嘲笑よりも、あなたの失敗から何かを学んだり勇気を得たりしたという声です。

 その人は、自分ひとりでは得られなかった何かをあなたからもらったことになります。あなたは、誰に与えようと思ったわけでもないでしょう。けれど、その「隠さない姿勢」が、あなたを無償の与え手にしたのです。

 ビジネスとして成功する方法を教えていくれる人がいますよね。失敗を語って聞かせるというのは、それと同じことを無償でしていることになります。あなたの失敗談を聞いた人は、自分の人生で同じことを繰り返す前に注意を払うことができます。

 つまりあなたの行動は、だれかがよりよく生きるための、立派なボランティアだということです。

 失敗や苦しさ・辛さを胸に秘めて生きていくのもまた、カッコイイ生き方だと思います。そのほうが、芯が通った、凛とした、澄んだ人に見えることでしょう。けれど、そこで、「どんな自分でいたいのかな?」と確認してみたら、カッコイイ自分より、誰かを和ませ、勇気を与える自分の方でいたかったんだな。

 これも、立山で出会ったシンクロニシティから学びました。そのシンクロについては、また次回書きましょう。

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疲れたときに山へ行く価値

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 このブログを毎日読んでくださっている方は、旅行前の私がいかに体調を崩していたか、気分がへこんでいたか、ご存知のことと思います。

 それをよく知っている知人から、「そんなに疲れていても旅行に行って登山?ホントはそれほど疲れていなかったんだね」と言われました。

 なるほど、そうかもしれないとは、今回ばかりは思わない!!

 今日はクタクタでも旅に出る価値をお話しましょう。

   

 本当に体調を崩している最中は、危険なのででかけはしません。

 でかけるのは、そろそろ立ち直りたいという気持ちになってからです。

 くまさんは旅が大好きなので、よく誘ってくれます。

 私は出不精なので、たいがいは「めんどくさいな〜」と思います。でも、行きたくないというと不機嫌になるので、しょうがないから覚悟を決めるのです。

 覚悟が決められたときは、出かけ時なんでしょうね。


 私が体調を崩しているときというのは、ほとんどの場合、貧血を伴っています。親譲りのようで、これでもずいぶんと改善したのですが、一般的な正常の数値の範囲内にはありません・・・ヘモグロビンが少ないんだな・・・。

 だから、いくら立ち直り期であっても、酸素が薄くなるほどの標高の山に登ると、いるだけでクラクラします。もともと酸素が少ないところにもってきて、それを体内に運ぶヘモグロビンが特に少ないわけですから、脳みそも筋肉も酸欠になってしまうようです。

 今回も、室堂に着いたときには、階段も上れない、食事ものどを通らない状態でした。

 外は雨、例のレインウエアを着込んで、1泊目の宿・みくりが池温泉に向かいました。お部屋は相部屋でしたが、昼から入ってもよいと言っていただいたので、部屋につくなり布団を敷いて倒れこみ、散歩したいというくまさんを送り出してそのまま、2時間ほど熟睡しました。こうでもしないと高度馴化は難しいのです。

 目が覚めた3時、外は青空になっていました。ライチョウさんを発見しやすい状況です。頭痛がする頭を抱えたまま、なんとか起き上がり、2時間ほどの散歩に出ました。わずかな坂道で心臓がバクバクいいます。

 それでも歩きます。これがいつものパターンです。


 環境の力を借りて、自分に負荷をかけるのです。高地トレーニングみたいなものです。

 見たい花、会いたい鳥、きれいな空気の力を借りて、自分の体にわざわざ苦痛を与えるのです。

 体は懸命に負荷に耐えます。苦痛を乗り越えようとします。

 そのために、体が食事を欲するようになります。あまりにひどい頭痛には、薬を飲んでくれと要求します。夜は早々に眠くなります。

 そうして次の朝を迎える頃には、もうすっかり、体が標高に慣れています。昨日は息が切れた坂道も、なんということはなくなります。

 その体で町に帰ってくると、旅行前とは別人のように、すっかり元気を取り戻しているのです。


 ちなみに、誰にでもこれがよい方法とはいえません。今、ご不調だからとすぐに山に行ってみるのではなくて、必ずお医者さんに相談してくださいね。この方法を信頼し、何度も経験している私でも、どの山へ行くかどういう方法で行くかは綿密に選択・計画しています。


 苦痛にはこんな効用があるんですね。

 辛いこと、悩ましいこと、苦しいことは、こんなふうに自分を強めてくれるのです。それをよくよく覚えておくことは、苦痛の時期を過ごす時にとても役立つと思います。

 覚えておくのが難しいならば、「この苦痛は私が強さを手に入れるために、自ら選んだトレーニングなんだ」と考えてみてはどうでしょう。

 それまでとは違った時が流れ出すのではないかと思います。


 さらに。

 生きていくということは、変化に応じていくということです。気温とか季節とかいう環境に応じることも、加齢や肉体の変化に応じるということも、人間関係や家族環境の変化に応じるということもすべて、人が生きている間ずっと、続いていくことです。

 変化に耐えるにしろ、順応するにしろ、反発するのにしろ、変化に押しつぶされることを嫌うなら自分に強さが必要です。

 その強さを与えてくれるのが、苦痛であり悩みなのです。だから、何歳になっても、生きている限り、苦痛や悩みから開放されることはないのでしょう。

 そこがわかれば、どうしても苦痛や悩みから開放されたいと望んだ人が出家(しゅっけ:僧侶になること)するしかなかったのもわかりますね。出家とは、今の家(環境)を出て、変化のない世界(涅槃の境地)に行くということですから。

 
 苦痛を避けたり恐れたりするのではなく、迎え入れる心を持つことで、きっと私たちの毎日は輝きを増すのだと思います。

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