ただいま!
なんだか小雨の日が続いていますね。お星様も富士山もずっと見ていなくて、なんだかさみしいです。
さて。
昨日のお話の続きです。
アイドル歌手になるのが夢で、チャンスがめぐってきS子さんとY子さん。
S子さんは親の反対にあってデビューを諦め、
Y子さんは親の反対を押し切ってデビューへの道を選択しました。
傍目には、Y子さんはわがままに見えました。学校を無断で長期欠席してのことだったから、「夢を追うなら追ってもいいけど、学校との両立をはかるべきだ」との意見がたくさん聞かれました。
S子さんに対しては、賢明な選択だった、という高い評価の声が聞こえていました。
けれども。
それから5年後、二人ともアイドル歌手になることはできませんでした。そこは同じでした。でも、まったくちがう人生を歩いていました。
S子さんは、ひきこもりになってしまいました。親に暴力はふるうし、体重がひどく増えてしまっていて、外出を嫌い、両親にはもうどうにもできない状態でした。
Y子さんは、何度かレコーディングなどをするものの、いろいろあって発売には至らず、プロダクションを変えたり再びオーディションを受けたりしてなんとか夢の実現を図ろうとしたのですが、うまくいきませんでした。
ある時、Y子さんは「自分はやれるだけのことは全部やったと思う。でも、うまくいかないということは、これは自分の道ではないのかもしれない。」と思ったそうです。そうして、悔しかったけど、アイドル歌手への道を諦め、留年してしまった学校に戻りました。無事卒業して更に進学し、「花屋を経営したい」という新たな夢に向かって歩き始めました。
どうでしょう。どちらがわがままで、どちらが自由でしょうか。
今度はS子さんがわがままで、Y子さんが自由に見えませんか?
そうなんです。自由とわがままって、もともとおかしな話なんだと思うのです。
だってそれって「人の意見」でしょう?
だれかがあなたをわがままだと言う。
だからなんだというのでしょうか。わがままと言われて、怖れることなんかもともとなかったのです。
私たちは根源的に自由です。
したいことをして生きていいのです。
「したいことをしていいよ」と言われると、人間はみな泥棒になったり殺人犯になったり自堕落な生活しか送らないというふうに思いこんでいる人には、こんな言葉は信じられないでしょう。
けれど、私は人間って、そんなふうにはできていないと思う。
そういう人もいるかもしれないけど、大多数の人はちがうと思う。
休めば力が湧くし、夢を追えば元気が出る。その力や元気で、最初に追いかけたことがうまく行かない時でも、もう一度立ち上がれるんだと思う。
私たちはしたいことをしていいのです。
休みたい時には休んでいいんです。
手助けがほしいときには「助けて」と言っていいんです。
夢をつかむチャンスが来たら、つかみに行っていいんです。
そうするあなたに、「君はわがままだ」という人がいたとしたら、その人はつぎのどちらかです。
自分が休まず夢も諦めて生きているから、他人がそうすることが許せない人。・・・その人には、あなたも休んでいいんですよと伝えるためにも、その非難に負けないで、あなたは自由に生きることの見本になってあげましょうよ。
自分が休んだり夢を追いかけたりしているので、それを諦めてきたあなたが何かしてくれるのが好都合だったから、あなたをそのまま都合よく使いたい人。・・・あなたは人の都合のために生まれてきたわけではないでしょう。だから今度は私の番ですよと主張していいんですよ。
夢を追いかける自分は特別な人だと思いたくて、他人が同じことをするのが許せない人。・・・そんな自己中心的な思いを支えてあげるためにあなたがしたいことを諦めるなんて、必要ないですよね。
自分が生きたいと思う人生を生きていて、他の人がしたいようにするのを手伝っていると、いつの間にか、同じような人生を歩いている人が回りにふえてきます。そうすると、いつの間にか、したいことをするのに必要な援助が得やすくなっていきます。
したいように生きるために「代償」は必要ありません。
努力代や我慢代として、自由が支払われるわけではありません。
努力や我慢もしたければするのは自由だと思いますが
おやおや、長い文章を綴っているうちに、夜が明けてきました。
あなたはもともと自由です。
あなたがしたいことをするのはわがままではありません。
周囲の人を驚かせないように工夫するのは、あながたしたいことをする上でのテクニックかもしれないけど。
今日ものびのび、いきたいですね。
人気ブログランキング熱烈参加中!
読者の皆様にはいつも心から感謝しています。このような表現の場を与えてくださって、本当にありがとうございます。














こころから感謝
としばし呆然。うれしい誤算。




