そのご婦人方は、だいたい月に1度くらいの割合でやってくる。
一番若い人で50歳くらい、上は…80代かもしれない。
6人組だ。
それぞれに、人目を意識した、きちんとした服装をしている。
多分、ここに集まる日は、彼女たちにとってちょっと特別な日なのだろう。

カラリンコロン。
カウベルが鳴ってドアが開くと、彼女たちがやってきた。
残暑も消えた10月、もう長袖でよいが、コートはいらない。
彼女たちのオシャレが一番輝く季節かもしれない。
その日も、それぞれにお似合いの服を着こなしている。
主張しすぎない、でも、ひとりひとりが個性を発揮している。

どう見ても、仕事がらみの関係ではなさそうだ。
いつも聞こえているわけではないけれど、仕事の話が出てきたことがない。

家族の話もしない。
このくらいの年齢のご婦人が話していると、話題はたいてい、ご夫君の腹が立つこと、お子のこと、お嫁さんの気に食わない点、お姑さんのいじわる、病気のこと、年金のこと、王子のようにかわいらしいスケート選手のこと…と相場は決まっている。
でも、この集団は、いっさいそういう話をしない。
そこに気付いて興味を持ったくらい、珍しいことだ。
きっと、家族がいない人も混ざっているのだろうと、勝手に思っている。

名前の呼び方も面白い。
○○さんと苗字を呼ばないから、正直、どれがだれだか分からない。
みーちゃんだの、はっちんだの、くーこだのと、元の名前が想像できない。
ときどき「ぱるる」と聞こえる。
ちょっと前まで、郵便貯金がそんな名前じゃなかったか?

さらに、日によって「座長」が回るらしい。
仕切り屋さんが入れ替わって、「それでは…」と乾杯したあと、「今日のお題は…」と続く。
そこで提示されたお題について、6人はそれぞれに歓談するのだ。
これまでのお題はどれも面白可笑しいものだった。
「都内で一番おいしいケーキ屋さんは」「人生で一度は観なくちゃ損する名作映画」「パーフェクトな男性に一点だけ残念なところがあり、一気に気持ちが離れるとしたら、その一点は?」などなど。
その答えがまた、いちいち可笑しい。

6人がまとまって座れるテーブルは、小紫には一つしかないから、彼女たちは案内されなくてもそこへ行く。
そういえば、彼女たちがいない日は、いつもの常連さん…元さんや宮田先生や長さんが…そこにいるのだが、どういうわけか、かちあったことがないなぁ。

さざ波のような笑い声を立てながら、座に落ち着き、ぞれぞれの前にグラスが置かれると、今日の座長が腰を進めて声を出した。
「では、残暑とのお別れに乾杯!やっと平常心で生きられるわね。」
「ほんとうに。きつかったわぁ。」
今日の座長はどうやら、一番若い彼女らしい。
「さて、みなさん、今日のお題を発表してもいい?」
「ええ、もちろん。今日は何かしら?」
僕もつい、聞き耳を立てる。

「今日のお題は、『死ぬまでにしたい10のこと』です。」
「えっ?」
「私たちもだんだん残りの人生が見えてきているじゃないですかぁ。」
「何言ってんの。あなたは100まで生きそうだから、あと50年はあるわよ。」
あはははと笑い声がそろう。
「だとしてもです。その50年は今までと同じって訳にいかないでしょう?耳は遠くなる、歯は抜ける、髪は薄くなる、筋力は衰える、知力に至っては保証圏外でしょ?」
「うわぁ、ネガティブねぇ。」
「ネガ?」
「後ろ向きってことよ。」
「ああ。裏返しね。」
多少話の辻つまが合わなくなるのはしょっちゅうなので、気にしないことになっているらしいのも、このチームの特徴だ。

「ここまでくると、毎日毎日が、残りの人生の中で一番若い日なのよね。」
「ああ、確かにそうだわ。」
「一番なんでもできて、一番自由が利く日を一つずつ消費して生きていくのよ。」
「うんうん。」
「だから、ここらで一度、これはしておこうという大事なことをはっきりさせてみたらどうかと思って。」
「いいわねぇ。」

座長はバッグを手繰り寄せると、中からカードを取り出した。
「はい、これ、記入用のカードね。よく考えてここに書いてから、発表会というのはどう?」
「あらぁ、かわいい。ありがとう。」

カードがそれぞれの手にいきわたると、それぞれが自分のバッグから筆記具を取り出した。
全員がペンを持ち歩いていることに、小さな驚きを感じる。
どういう人たちなのかなぁ。

ところが、いつもと違って、ここからシーンと静まり返ってしまった。
あの面白おかしいやり取りは、ひとつもない。
それぞれが自分の考えに没頭している。
僕は、どんな決意が飛び出すのか、興味津々で話が始まるのを待った。






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