僕は今、夢を見ている。
そういえば久しぶりだけれど、子供のころから何十回と見ているから、これは夢だと分かる。
この道は、僕の小学校へ通う、いまはもうなくなってしまった道だ。 
舗装なんてされていない。
小石を蹴りながら歩くと、どれが自分の石だったか分からなくなる。
転ぶと膝がとがった石に当たって大きく擦り剥けて、本当に痛かった、あの道だ。

その道を、小学校へ向けて僕は歩く。
しばらく行くと道は小川に沿って伸び、 少し先で交差する。
その、道と小川が交差する木造の橋のたもとに、太くて大きな木があるのだ。
僕は、いつもそこまでうきうきと足取り軽く歩いていく。
何も起きないことが分かっているから。
最初は今の僕だったのに、歩いているうちに体が小さくなって、小学生の僕に戻っていく。

小川のせせらぎが聞こえる。
空は真っ青、雲一つない快晴だ。
日差しは優しく僕を包み、花の香りが混ざった風が心地よく通り過ぎる。
スズメやシジュウカラの鳴き声もそこここから聞こえてくる。
笹がガサガサッと音を立てたから立ち止まって目を凝らすと、ニュッと鹿の頭が覗いた。
うそだうそだ。
僕の住む場所がいくら田舎でも、鹿はいかなったはずだ!

太くて大きな木に左手をピタリと合わせる。
どくどくと、木の温もりと脈動が伝わってくるような気がする頃、僕はさらに心穏やかになる。
「元気だった?何か面白いものを見た?」
僕は木に問いかける。
大木の割に、枝が茂って葉が小さい。
その小さくて絵にかいたような形をした葉っぱたちが、さわさわわと答える。
「そうか。じゃ、見てみるね。」

大きな木が教えてくれたのは、根っこのあたりを見てごらん、ステキなものがあるよ、という話だ。
今までも、いつもそんなことを教わってきた。
木がくれる情報は間違っていたことがないから、僕はすぐに信じて、太くて何本もある木の根っこを順に見ていく。
ふと、気配を感じて後ろを振り向くと、長い耳をぴんと立てた白うさぎが二匹、僕をじっと見ている。
「だめだめ。探し物をしているときは、誰にも見られちゃいけないんだ。」

両手を振ってうさぎたちに合図すると、ウサギたちは残念そうに振り向きながらも立ち去ってくれた。
かさささ。
今度は頭の上だ。
「りすさん、りすさん。今はだめだよ。内緒なんだから。後で遊ぼう!」
小さくて機敏なシマリスたちは、なかなか言うことを聞いてくれなかったけれど、約束だよ、あとでねと立ち去ってくれた。

僕は慎重にあたりを見回す。
もう、誰もいないようだ。
だから、足元に集中した。
えーっと、今日はどこだろう…あった!

殊更太い根元がボロンと掘れていて、そこに異質なものが見える。
しゃがみこんで手を伸ばす。
丸くて冷たい感触。
土にまみれたそれを掘り出すと、やっぱりそうだ。
10円玉だ。

それを合図に、僕は両手でそこを掘る。
地面に膝をつき、額まで地面にくっつきそうになりながら掘る。
100円玉も出てくる。500円玉も出てくる。
時々、金銀小判も混ざっている。

すごいすごい。
たくさん掘って、持って帰ろう。
そうしたら、母さんが喜んでくれるから。

ところが、そのあたりからなんだか雲行きが怪しくなる。
僕はだんだん焦って不安になり、不安を通り越して苛立ってくる。
もっともっと掘って、持って帰ろう。
母さんを喜ばせなくちゃ。

でも、焦れば焦るだけ、苛立てば苛立つほど、いくらでも掘れるはずのお金たちは、僕の指をすり抜け、膝に当たって転がり落ちる。
穴の中には一万円札もたくさん見える。
いつものことだが、この穴には無尽蔵にお金が埋まっているようなのだ。
なのに、僕の手には何も残らない。

どうしてなの?
僕はあたりの何もかもに怒鳴りつける。
どうして僕の手には何も残らないの?
だから母さんは喜んでくれないの?

「姉さん、助けて!」

その頃には涙も止まらなくなって、鼻水も垂れてきて、何が何だか分からないくらいぐちゃぐちゃになっている。
普段なら、どうした勝也?って言ってすぐに来てくれるはずの姉さんが、この夢の時はいつも助けに来てくれない。

「姉さん、どこ?助けて!苦しいよ!僕、苦しいよ!!」

振り向くと、あんなに青かったはずの空が鉛色に変わっていて、低く垂れこめたどす黒い雲から、今にも大量の雨が落ちてきそうになっている。
「姉さん!」



「…?…たか…穂高、ねえ、穂高!大丈夫?」
体を強く揺さぶられて目が覚めた。
まだ呼吸が荒い。
ゆっくりと体を起こしてみて、自分が、机に突っ伏して居眠りをしていたことが分かった。

「悪い夢でも見たの?うなされていたから。」
「あ、ゆかりさん…。」
ゆかりさんは僕の肩に手をかけたまま、心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
僕はまだ夢と現実の間にいて、うまく言葉が選べない。
そのままもう一度目を閉じて、深呼吸を繰り返した。

落ち着きを取り戻してから目を開けると、ゆかりさんはもうそばにはいなくなっていた。
店の方で動く気配がするので行ってみると、いつものように白いガーゼをもって、店内の観葉植物の葉を丁寧に拭いているところだった。

「すみません。僕、なにか寝言を言いましたか?」
「いいえ。うなされていただけ。」
僕は少しホッとした。
母さん!とか姉さん!とか叫んでいるところを友達に聞かれて、散々からかわれた経験があるのだ。

「僕、思い出しました。」
スツールに腰かけながら、僕はゆかりさんに話しかけた。
「何を?」
「僕は何にでも話しかける子供でした。動物にも、木にも、石にも。すっかり、忘れてた。」
「そうなの。」
ゆかりさんは、葉を拭く手を止めずに答える。
「そんなことをするのは子供っぽいし女の子みたいだ、ってからかわれて、やらなくなったんだと思います。
でも、その前までは、いろんなものと話をしていたなって、今、夢を見ていて思い出したんです。」
「私はもうすっかりおばあちゃんだけれど、今でも話をするわよ。」

ゆかりさんが優しい笑顔で振り向いた。
そうして、僕の目をしばらく見た後で、また葉の方に向き直った。

そういえば、ゆかりさんは観葉植物を拭きながら、いつも何かぶつぶつと言っている。
「あなたを驚かせてはいけないと思って小さな声にしていたけれど、あなたがどんなものとも話せる子供だったのなら、もう遠慮はいらないわね。」
そんなことを言うと、大きなゴムの木の葉を丁寧に拭きながら言った。
「調子はどう?私はとても気分がいいわ。今日はどんなお客様がみえるかしら?私は何を支度しておいたらいいと思う?」

葉をすべて拭き終わる頃、ゆかりさんはゴムの木に向かって頭を下げた。
「わかったわ。今日もありがとう。そういうことなら、今日は早めにおにぎりを拵えておくことにしましょう。あなたは本当に賢くて、美しい、最高の木ね!」
そうしてキッチンに入ると、どうやらおにぎりの準備を始めたようだった。

その日の開店時刻になった。
僕が店の外に出て、「Bar小紫」と書いた看板をコンセントにつないだとき、常連の源さんが急ぎ足で飛び込んできた。
「やあ、ママ!悪いんだけどさ、焚いた米、残ってないか?」
「あら、いらっしゃい。どうしたの?そんなに慌てて。」
「お得意さんから急な仕事の依頼でね、今夜は遅くまでになりそうなんだよ。晩飯に、ママのおにぎりが食べたくてねぇ。」
「それなら、炊き立てのごはんで、もう作ってあるわよ。」

ゆかりさんは、あとは包むだけにしてあったおにぎりと、いかにも美味しそうなおかずたちを手早くひとまとめにすると、源さんに手渡した。
「これは嬉しいな。いつもながら、勘のいいことだ!どうも、ここの飯を食べつけてしまうと、コンビニのおにぎりでは満足できなくてね。じゃ、行ってくる。お代はつけておいてくれ。土産を買ってくるからね!」

源さんはさもうれしそうに、入ってきた時と同じ勢いで飛び出していった。

そんな源さんを見送った後、ゆかりさんはそっとゴムの木を撫でながら、ありがとう、と微笑んでいた。






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