滝沢に駆け寄ってきた選手たちの頭越しに飛びあがり、乗り越えて、一番前に躍り出たのは真壁と清水だ。
そのおかしな光景に、観客からどっと笑い声が湧く。
「テメー!」
「なにカッコつけてんだよぉ。そういう大事なことは俺たちに先に言え!」
「ふざけんな!何してんだお前!」
キャプテン谷川までもが、野太い声を響かせた。

今では、なぜ今日に限ってミーティングに遅れてきたのか、パスを回せシュートをさせろと食い下がったのかすっかり腑に落ちた先輩2人は、お立ち台から滝沢を引きずり下ろすと、これ以上ないような笑顔でバカスカと、頭と言わず肩と言わず、叩き始めた。
「わははっ!すみませ〜ん!」
頭を抱えた滝沢のおどけた声がマイクから流れ、またスタジアムは笑いの渦となる。

他の仲間からも引っ張られ、小突かれ、組み伏せられそうになり、滝沢はもみくちゃにされている。
手痛い祝福を受け、連れ去られそうになった滝沢に追いすがった女性がいた。
「滝沢選手、滝沢選手!」
あのインタビュアーだ。
この希代の大スクープに喰い込むこともなく終わったとあっては、後で大変なことになるのだろう。
必死の形相でぶらさがっている。
「滝沢選手、いろいろおめでとうございます!最後に、息子さんや、サッカーを愛する子どもたちに、何かメッセージをお願いします!」

「子どもたちにときたか!やるなぁ、あの女子アナ!」
チヨコはまたふと我に返って感心している。
「どうしてやるなぁなの?」
スミレはどこまでもぼんやりしている。
「だって、何か一言って言われたら、この状況だから『これからも応援よろしくお願いします』で終わっちゃうでしょ?でも、子どもたちにって言われたら、何か意味のあることをしゃべらないわけにいかないじゃない。今の滝沢の気持ちをとらえる、かなりうまい質問だと思うわ。」
「ああ、なるほど。」
「あんたさぁ…」
チヨコがまじめな顔で言った。
「もうちょっと、職業意識ってものを持ちなさいよ。」
「だって、今はオフだもん!」
「オンのときだってボヤケてるから言っているのよっ!」
スミレは思わずプッと吹き出してしまった。
 
手荒く引っ張る仲間たちに、待て待てと言いながら腕や足を引き抜き、滝沢はインタビュアーが差し出したマイクに向かった。

「夢を、持ってください。夢を持っても、考えているだけではだめです。夢をかなえようと一生懸命行動していると、夢はどんどん近付いてきて、いつか叶います。夢がかなうと本当にうれしいです。だから、みなさんも、夢を持ってください!」

そこまで一気に話すと、ふと言葉を途切れさせた。
「それから…」
考えをまとめるように、少し口ごもった後、今度はゆっくりと言葉を刻むように語り始めた。

「生きるのに必要なことは全部サッカーが教えてくれました。
夢の叶え方だけではありません。
友だちの作り方も、勇気の出し方も、辛いことを乗り越える方法も、自分を好きでいる方法も、好きな人を大切にすることも。 
サッカーは本当に素晴らしいです。
世界中に仲間がいます。
だから、よかったら、みなさんも、サッカーをもっと好きになってください。
で、いつか俺たちと一緒にサッカーをしましょう!」

会場から地鳴りのような拍手と声援が沸き起こった。
無数に焚かれるフラッシュの中、チームメイトはそれ以上、滝沢がマイクに向かって立つゆとりを与えなかった。
「以上、滝沢選手でした!」
きれいにインタビューをまとめた女子アナにも、ディレクターと思われる人がかけよって、労をねぎらっている。
女子アナは、感極まって泣き出したようだ。

選手たちがぐちゃぐちゃに入り乱れながらも、ピッチを観客席沿いに歩き始めた。
手を振ったり、頭の上に高く掲げた手で拍手を送ったりしながら、選手がゆっくり歩いている。
その時、すみません、すみませんと声がして、首から「STAFF」と書かれたカードを下げた、青いTシャツの男性がひとり、スミレたちの席に近づいてきた。
真っ黒に陽焼けして、白眼がやたらと目立つその男性は、無理やり大きなお腹の課長さんやスミレやチヨコの前を歩くと、霧島親子の前に泳ぐようにたどり着いた。

「霧島さんですね?私、宅間と言います。滝沢のフィジカルスタッフです。」
そういって、彼が着ていた日本代表Tシャツの裾をぐいとひっぱって、ママに見せた。
そこには「Team Takizawa」と金糸で刺繍がしてあった。
単身ドイツへ渡った滝沢も、今では億単位の契約を結ぶ有名人だ。
フィジカル、メディカル、栄養師などの日本人スタッフと個人契約していると聞いたことがあった。

「滝沢のところへご案内します。一緒にお越しください。」
「はい!」
スミレは詐欺師ではないかと疑いのまなざしを向けたが、霧島親子は嬉しげに立ち上がり、先生行ってきますと言って、小さな荷物ごと連れて行かれてしまった。
ぱっくりと2人分の席が空いた。
スミレにはまだ、目の前で起きたことが信じられない。
人の運命が音を立てて変わる瞬間に立ち会ったのだ。
こんなことが本当にあるとは!スミレはまだ心臓が高鳴ったままでいた。

ピッチに目をやると、真壁と肩を組んだ滝沢が大きく手を振りながら歩いている。
いい男だなぁと改めて思う。
責任を果たした後の男というのは、本当に魅力的なものだな。
その時なぜかふと、安住氏の温和な笑顔がスミレの頭をよぎった。

「あのぉ、松重の者です。笹山先生をお呼びするよう、お嬢様から申し付かりまして。本来ならばお嬢様がこちらに伺えばよいのですが、セキュリティの問題がございまして…。」
「わかりました。うかがいます。」
即答したスミレは、周りのものを手早く片づけながら、チヨコに言った。
「チョコちゃん、ごめん。私、行くわ。この人ごみでもう一回待ち合わせるのは大変だから、今日はここで解散ね!」
そうして、チヨコの返事を待たずに、呼びに来た人物と立ち去ってしまった。

「な!」
反論しかけた相手がいなくなり、自分の右にふたつ、左にひとつ空席ができ、憮然としているチヨコの耳に、自分のあだ名を呼ぶ声が入った。
「チョコちゃん、チョコちゃん。」
声の方を見ると、なんと、青いサンタクロースのような丸いお腹の課長さんではないか。

「は?」
「いや、こっちに座っていた人がそう呼んでいたから。」
「はぁ。何でしょう?」
「奇跡の目撃者が、こんな夜にひとりぽつんといることもなかろう?一緒に飲もうと思ってね。」
そういうと、課長さんが缶ビールを差し出した。
なんとなく受け取ってしまったチヨコは、予想外に缶が冷たいことにハッとした。
「キンキンに冷やしてある。うまいぞぉ。さ、たまたま隣になって、すんごいものを見てしまったご縁に乾杯!」
ひとなつこいチヨコはすっかり楽しくなって、先ほどまでスミレが座っていたところへピョコンとお尻を移すと、
「かんぱ〜い!」
水滴が付いた缶を課長さんの缶にコンとぶつけて笑い出した。






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