激戦だった。
ワールドカップには出場しないものの、世界ランキングは日本より上というその対戦国は、攻守のバランスが取れた試合を展開した。
わずかでも隙があれば突いてくる。
シュートも鋭い。
キーパー谷川は再三にわたり、左右に全身を伸ばして飛びこみ、ゴールを防いだ。
地面を蹴って悔しがる相手に、客席からは安堵のため息が台風のようにこだまする。 

日本の攻撃も多彩だった。
 しかし、どちらも守備が固くて得点にはつながらず、歓声とため息が繰り返されるうちに、前半戦が終了した。
早くも声が嗄れ始めた人がいる中、後半戦に入って間もなく、滝沢のコーナーキックがそのままゴールした時には、喉も張り裂けんばかりの喜びが、どの人からもほとばしった。
スミレとチヨコは思わず立ちあがって抱き合い、抱き合ったままピョンピョン跳ねた。
まさか、その姿がテレビを通じて全国放送されているとは気付きもせずに。

滝沢の得点を機に、試合は点の取り合いになった。
つぎの得点は相手方の完璧なゴールだったが、その次は日本にチャンスが回ってきた。
誰もが知っている攻撃王・真壁に、相手はマンツーマンマークをつけてきた。
プレッシャーの強いマークをかわして真壁が走り込むと、相手のディフェンダーがさらにひとり、真壁についてきた。
と、同時に、真壁を越えて清水が動く。
相手のディフェンスは当然、清水を封じるため、さらに2人、清水を止めに向かう。
そこでできたスペースに、不意に現れた滝沢が、味方のパスをダイレクトに蹴り込んだ。
この速攻が決まって、日本に2点目が入った。

両手を突き上げて喜ぶ滝沢に、チームメイトが駆け寄り、押しつぶすように抱き合う。
観客席も大騒ぎ。
スミレとチヨコはまた飛び上がって抱き合い、隣に座っていたジュン君と母とも抱き合い、ついでに反対側に座っていた、サンタクロースのようなお腹の「課長さん」とも、思い切りハグしてしまった。

オフサイドラインを形成するディフェンダーの3人は、定位置に戻りながら、声を掛け合った。
「見たか?真壁の動きを。」
「見た。まさか、あいつがおとりになるとはなぁ。」
「清水もだ。あいつら、自分が点を取ることしか考えない奴らだと思っていたが…。」
「あの時の話し合いで健太が言っていた、あれだな。」
「ああ。本気で、やりやがった。」
「なら、今度は俺らの番だ。」
「おう。ギリギリまでラインを上げるんだ。」
センターバックの中山が、谷川に向かってこぶしを突き上げた。
谷川が、ああ、行け行けと、まるで厄介払いするような手つきでラインを上げることを了解した。
「スペースに攻め込まれたら…。」
「そんときゃ、俺らが走ればいいことだ。それに、タニもいる。」
「そんで、最前線から、健太が戻ってくるさ!」
「他のやつらもな。俺たちは、強くなった。」
「おう。勝つのは、俺たちだ!」

次のチャンスは、真壁がもぎ取った。
ゴール前、絶妙の位置で相手のファウルを誘った。
体で止めざるを得なかった相手ディフェンダーはイエローカードを食らっても、点を取られるよりはましだったと、悔しそうな顔さえしない。

ゴールと、ボールとの間には壁が5枚。その間に味方選手が2人入り、7人がひしめいてゴール前を塞いでいる。
壁の左右には、それぞれ味方が散っていて、どこにも敵が張り付いている。
ボール前には、当然、真壁がいる。
その両脇に、滝沢と清水。
残り時間はあと5分。
アディショナルタイムを加えても、8分もすれば試合は終了する。
この1点を取っておくことが、どれほど重要かは、言わずもがなのことだ。

敵に日本語が分かるとは思えなかったが、口元を見られないよう俯きながら、真壁が言った。
「健太、一生俺たちの言うことを聞くって言ったな。」
「言いました。だから、俺に蹴らせてください。」
「次の1点、お前にまわすから、ここは俺に蹴らせろ。」
セットプレーが得意な清水が一歩前に出た。
「お願いします、清水さん!」
「健太に蹴らせようや、清水。」
「いいのかよ?」
「こいつが、自分のことをこんなに言うのは聞いたことがない。なんか深い訳があるんだろう。いいじゃないか、俺らにはこれから山ほど尽くしてもらおうよ。」
「しょーがねーなぁ。いいか、じゃ、こうしよう…」

ホイッスルが鳴った。
観客は思わず応援を忘れて、両手を祈るかたちにして、見守った。
ボールを前に、等間隔に清水、真壁、滝沢が立っている。
誰が蹴ってもおかしくなかった。
まず、慎重に動き出したのは清水だ。
やはりと、誰もが思った。
が、ボールの上を飛び越えて、走り抜けていく。

えっ?と思った刹那に、真壁が動き出した。
そっちが本命だったか!
虚を突かれた壁に一瞬動揺が走る。
キーパーは真壁の動きに合わせ、右に向けて思い切り飛んだ。

真壁の足が振り抜かれたと思った時、その真壁もボールの上をかすめて、走り抜けていた。
すかさず滝沢が飛び出し、キーパーの向きを見定めて、壁の崩れをすり抜ける、強烈なシュートを放った。
ズサッ!
重たい音を立てて、ゴールの左隅、高い位置に、ボールが突き刺さる。

一瞬の静けさののち、ごおぉっと歓声が上がる。
試合はそのまま、3−1で日本の勝利となった。
試合終了のホイッスルが響くと、日本代表はかつて不仲がささやかれたことなど一切忘れさせるような祝福の応酬に湧きかえった。






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